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30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの31歳。埼玉・所沢在住。基本無職、たまに働く男の日々を綴っていきます。ラブライブとビートルズと西武ライオンズが好きです。

男の子のケンカを見て、教育について考えた

不適応

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先日、近所の住宅街を散歩していましたら、小学2年生ぐらいの男の子が友達に向かって何かを泣き叫んで主張しています。耳を覆いたくなるような音量のがなり声です。横目で見ながら通過したのですが、路地を曲がっても、100メートル離れてもなお悲痛な叫びが聞こえてきます。

 

数分歩いて戻ってくると、まだ変わらず泣き叫んでいます。どうも泣いている子が一緒にいる子に蹴られて、それに対して謝罪を要求しているようです。

 

とそこに一台の軽自動車が通りかかります。男の子たちの前で止まり、60~70歳ぐらいのおばさんが窓から顔を出しました。数十メートル離れたところから見ていたため、よく聞こえないのですが「謝りなさい。謝った? 謝らないなら警察呼ぶよ」と言っています。それでも謝らないのを見て「じゃあ警察呼ぶからね」と言って発進しかけます。子供はそれを見て、どうやら一応謝ったようです。車はそれを見ていなくなりました。

 

しかしいなくなった途端、またギャーギャーとケンカが始まりました。

 

***

 

私はこれを見ていて、「警察を呼ぶってのはいかんなぁ」と思いました。理屈ではなく、とにかくそれは嫌だなあと思ったのです。子供のケンカに「警察を呼ぶぞ」と言って黙らせるというのはどうなんでしょう。

 

自分が知っている子供たちだったら、どう対応しただろうかと考えました。まず、双方の言い分を聞きます。相手が話している間の横槍は許しません。事情にもよりますが、ここでは怒りのあまり手が出てしまったものと仮定します。蹴った子には「悔しいのはわかるが、暴力を振るうと社会では罪に問われる」と諭します。蹴られた子には「暴力を振るった方が処罰される。しかし相手を暴力に至らしめた自分の行為を振り返るんだ」と述べます。

 

***

 

大人同士のケンカであれば、警察が来て事情聴取なり何なりするでしょうが、小さな子供ではそんなことにはなりません。また大人が間に入って無理やり謝らせても、その場限りのものでしかありません。大人がひと通り叱ったら、あとはもう解散するほかないように思います。翌日になれば少しは頭も冷えるでしょう。

 

ただ、人をいじめる子というのは、いつまでも続けます。「いい加減にしろよ」とたしなめても効果なんてありません。むしろ火に油を注ぐことになります。こちらが真面目であればあるほどおちゃらけて、からかいはエスカレートしていきます。そしてとうとう耐えかねて殴りかかりでもすれば、先生がやってきてケンカ両成敗となる。

 

子供はうまく説明できませんから、我慢し続けた末に殴った子が悪いというジャッジを下されることもままあるはずです。実際、殴ったことは悪いのですが、そこに至るまでの事情を考慮してもらえなかった子は、悔しくてやりきれません。

 

いじめっ子は退屈だからいじめるという話はよく聞きます。とすると、スポーツでもさせれば良さそうです。スポーツというのは、こういう場合に役立ちますね。

 

ただ、日本で子供にスポーツをやらせるとなると、どうも勝ちにこだわるものとなります。レクリエーション的にスポーツをやれればいいのですが、少年野球なり中高の部活動なりはそうなっていない。勝ち負けにこだわり、休日もロクに取らずに練習ということになりがちです。名門野球部内でのいじめがよくニュースになりますが、あまりにもハードな練習によるストレスが一因ではないかと思います。

 

スポーツをレクリエーションとして楽しめれば、変わるのではないかと思うのです。勝ちを目指したり、強くなることを目指したい人は校外でチームを結成してもらい、学校での部活動は楽しむことを目的としたものになればいい。いや、それも外でやればいいですね。学校でやる必要はありません。

 

しかしそれは現実的ではないように思えます。甲子園に出場している野球部などは、早朝から夜遅くまで練習漬けです。それぐらいなら、いっそ野球専門学校でもつくって活動すればいいと思うのですが、実際にそうなることはないでしょう。

 

どうすればいいのでしょうね。

 

私などはいじめに遭うことなく今まで生きてきました。特別に何かしたわけではありません。ただ高校以降に関しては、学校や社会に適応できなくなったことで回避できた気もします。高校は不登校、大学はひとりで勉強漬け、卒業後は職を転々。いじめに遭いうる環境じたいを避けてきているわけです。職場で暴言を吐かれたことは何度かありましたが、そうしたところは早めに退職しています。

 

そんな私ですから、言えるのは「うまく逃げよう」ぐらいですね。


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働きたくない理由

ニート 不適応 仕事

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3か月半ぶりに労働をしました。

 

ポスター、卓上カレンダー、カードなどをひたすら袋に入れていく仕事です。長期の仕事ではなくて単発。1日だけです。労働時間は6時間半。昼に45分の休憩がありましたが、それ以外は立ちっぱなしでした。途中で腹筋と腰が痛くなり、辛かったです。

 

ここ1か月ぐらい、毎日1万歩(7~8km)歩く生活を続けていたのですが、それでも追いつかないのですね。同じところに立ち尽くすのは生物として不自然なので、辛くて当然なのかなと思ったりしました。後でググってみたところ、これはしばらくすると慣れるらしいです。

 

しかし、手元での作業なのだから、立っておこなう理由が見当たりません。「座ってやりたいんですけど」と言う勇気がなかったので我慢してしまいました。

 

座ってできる仕事を立ってやる必要はないと思います。座っていると眠くなって生産性が落ちるということも考えられますが、立ちっぱなしでは私のように腹筋と腰が痛くなって効率が落ちることもあります。

 

座ってできることを立っておこなわせることで、労働のハードルが上がります。そうすると無職が増えます。ニートを嫌悪し、攻撃的な言葉を吐く人が多くいますが、ニートを減らしたいのであれば、労働のハードルを下げることを考えてほしいです。「労働の辛さに耐えろ」なんて言っていたらニートは増えるばかりです。辛いことから逃げるのは正常な反応です。

 

「私も辛いのを我慢して働いてるんだ。だからお前たちも我慢して働け」というのは変です。自分も他者も、誰も辛い思いをしないのが一番です。

 

労働者は労働ができればいいと思うのです。労働以外のところでハードルを上げても誰にもメリットがありません。労働という行為が辛いままで未来に持ち越され、子供も孫も苦しみ続けます。

 

私は常々「労働は苦役だ」と感じていますが、今回の労働で改めてそう思いました。労働による苦というのは、働いている時間だけではありません。通勤時間はもちろん、前日から「明日は仕事だ」という観念に苦しめられます。2日前でも3日前でも、働く予定が入っていることで心が苦しめられ、そして体調をも狂わせます。余暇をどんなに楽しんでいても、ふとした心の隙間に、このあと労働が控えているという事実が入り込んできて、心に影を落とします。

 

人間、いつ死ぬかわかりません。いつ病魔に侵され、寝たきりになるかわかりません。いつ心を病んで、世界が真っ暗になるか知れないのです。自分がパニック障害やうつなどに似た症状に悩まされて初めて気付いたのですが、精神の均衡などは一瞬で崩れ去ります。今生きていて、動ける時間は本当に貴重です。その貴重な時間を労働に奪われてしまうことが、私には惜しくてなりません。

 

ですから、私はできるだけ働かずにいたいのです。といって「働いたら負け」とは思いません。働いている方が楽だ、楽しいと感じるのであれば働きます。今はそう思えず、どんな仕事についても苦ばかり感じられて心身がおかしくなるので、働かないだけです。働きたくなったら働き、働きたくない時は働かない。そんな人生を送っていきたいです。

 


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ビートルズにちなんだ名前のアパート群を訪れた(埼玉・所沢)

まずはこちらをご覧ください。

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 (「Google マップ」を使用)

 

ペパーランド、アビーロード、ペニーレイン、ストロベリーフィールズ……。

ビートルズの曲やアルバムなどから名付けられた建物が4棟あります。いずれもアパートです。場所は埼玉県所沢市向陽町。今回、実際に観てきました。

 

*** 

 

1.ペパーランド

彼らをモデルにしたキャラクターが活躍するアニメ映画『イエロー・サブマリン』に登場する国の名前です。

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特にペパーランド要素は感じられませんね。

 

***

 

2.アビーロード

彼らが最後に制作したアルバムのタイトルです。4人が横断歩道を渡っているジャケットが有名。日本語では「アビイ・ロード」と表記されますが、こちらのアパートでは「アビーロード」となっています。

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 車が描かれています。まあ、アビイ・ロードは道路ですからね。

 

***

 

3.ペニーレイン

曲名です。彼らの故郷・リヴァプールにある通りの名前で、ポール・マッカートニーが故郷を懐かしんで作りました。

 

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音符があしらわれています。

 

***

 

4.ストロベリーフィールズ

「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」という曲が由来でしょう。「ストロベリー・フィールズ」とはリヴァプールにあった孤児院とされています。上述の「ペニー・レイン」と両A面シングルとして発表されました。

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他の3棟と比べて明らかに高級感があります。赤っぽいレンガですが、これは本家孤児院の赤い門に由来しているのかどうか。

 

4棟とも、どこかイギリスっぽい感じはありますね。音符の装飾などは、ビートルズ要素と言えなくもない。名付けた人は間違いなくビートルズファンですね。お話を伺ってみたいものです。

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(部屋番号の前に音符の装飾が配されています。写真はペパーランドのもの)

 

***

 

【アクセス】西武新宿線・新所沢駅から徒歩18分。所沢市立向陽中学校の近くです。


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声優・徳井青空さんの出身地、千葉県南房総市を訪ねる

旅行

2016年3月15日、千葉県南房総市に行ってきました。声優の徳井青空さんの出身地です。『探偵オペラ ミルキィホームズ』の譲崎ネロ、『ラブライブ!』の矢澤にこなどを演じています。私は彼女のファンなので、彼女が育った街を見て回りたいと思ったのでした。

 

南房総市は2006年に7つの町が合併して誕生しました。その中のひとつ、千倉町が徳井さんの出身地です。具体的には旧千倉町白間津になります(※)。

 

まずはJR内房線・千倉駅で下車。

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(駅ホーム)

 

そこから1キロほどのところにある中学校へと向かいます。

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(駅前商店街の様子)

 

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(のどかな風景が広がります)

 

千倉には中学校がひとつしかないため、彼女もこの中学の卒業生と思われます。少し離れたところから校舎を撮影していると、掃除の時間だったらしく、私を見つけた男子生徒が大声で「こーんにちはー」と挨拶してきました。少々焦っていると、女子生徒が元気いっぱいに「ここにいいモデルがいますよー」とこれまた大声で続けます。私は何度かお辞儀してそこを後にしました。

 

観光客にいきなり大声で挨拶をしてきたり、冗談を言ってきたり。開放的でいいところだなあと思いました。温暖な土地ゆえでしょうか。観光地ということもあるかもしれません。

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(きれいで立派な校舎です。海沿いの温暖な町に合っています。) 

 

次いで白間津へと向かいます。6キロほどあるのでバスに乗りました。白間津バス停で降りると、左に住宅街。その先には海が見えます。右は畑、その先が山です。店はほとんどなく、何かを買おうと思ったら、千倉駅近くの商店街まで行かねばならないようでした。

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(白間津バス停付近)

 

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 (住宅街の先には海が見えます)

 

このあたりは花畑で知られます。しかし私の関心のメインはそらまる(徳井さんの愛称)。ああ、そらまるはこんなところで育ったんだな。この道を毎日歩いたんだろう。この景色を見て、この波音を聞いて、この潮の匂いの中で過ごしていたんだな……。そんなことを考えながら散策しました。

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(白間津の花畑)

 

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(千倉大橋から太平洋を眺める。東京湾と違い、波が荒々しいです)

 

最後に、白間津地区にある小学校を訪れました。厳密には元小学校です。2014年に閉校しました。そらまるはたぶんここに通ったのではないかと考えての訪問です。校舎は2003年に改修されたとのことなので、彼女の頃はこの建物ではないようです。

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(上述の中学校と同じ、南国的な色合いの校舎。山がすぐ後ろに迫っています)

 

以上で、徳井青空さん縁の地を訪ねる旅を終わりにします。最後になりましたが、出身小学校や中学については、彼女が白間津出身であるということからの推測であり、確証はありません。匿名掲示板の書き込みも参考にしましたが、それをもって出典とするには弱いと考えています。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

***

 

(※)

2012年3月5日の朝日新聞千葉県版の地域面において「第22回南房総フラワーマーチ」に参加した徳井さんの記事が載っており、「白間津出身」と書かれています。当時の2ちゃんねるの彼女のスレッドに記事が貼られていました。「徳井青空 フラワーマーチ」で検索すると、まとめサイトがヒットし、見ることができます。


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万物は流転する。私も土地もその中にいる。

地理 歴史 不適応 仕事 健康

昼ご飯を食べていたら胸の真ん中が痛くなりました。子供の頃からよく起こるため「またか」という感じです。病院に行こうか迷いつつ、散歩に出ました。

 

歩きながら、今日で死ぬと考えました。私はしょっちゅうそういう心境になるので、それほど深刻ではありません。

 

今日死ぬとしても、特別なことはしないでしょう。胸が痛くなった時、横になりたいというより、早く外に出たいと思いました。自宅に閉塞感を覚えるのです。外に出て空を見上げると、胸のつかえが取れます。ああ、外はいい。

 

自宅から徒歩で所沢航空記念公園(通称:航空公園)へ向かいました。私が住む新所沢と航空公園は近く、距離は1キロから2キロです。

 

航空公園は都市公園で、50ヘクタールあります。東京ドーム11個分です。今日はあえて整備されていない林道を選んで歩きました。そういう道の方が面白いからです。ひらけたまっすぐな道は退屈ですぐに疲れてしまいます。

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 (航空公園内の林道。舗装された道を避けて、あえてこういう道を歩きたくなる)

 

人生もそうかもしれないと思いました。坂道、視界の悪い道、曲がり角ばかりの道が面白い。次に何が起こるかわからないからです。私が長く勤められなかったのは、こういう性格のせいかもしれません。

 

それでいて極端に臆病なのが難しいところです。臆病だから安全策を取りたがる。しかし安全策は退屈すぎて耐えられない。

 

***

 

疲れたので所沢市立図書館に入って一休み(図書館は公園内にあります)。郷土資料の棚に行き『ところざわ歴史物語』(所沢市教育委員会編、2006)を手に取りました。何度も借りて読んでいるお気に入りの1冊です。

 

大昔の人は、平野ではなく山の縁(へり)を選んで住んでいたようです。所沢で言えば、狭山丘陵沿いに多くの遺跡があります。

 

今日の散歩で感じました。広々とした平地は落ち着かない。林のそば、崖の横が落ち着く。広いトイレが落ち着かないのと同じかもしれません。少なくとも壁(山)から敵は来ないだろうと安心できるのです。もっとも、水を求めた結果そうなっただけなのかもしれませんが、平野は不安という思いはあったろうと思います。

 

気付けば胸の痛みは治まっていました。しかし今度は肛門が痛い。いぼ痔が切れ痔でしょう。こちらもしょっちゅうお世話になっている疾患です。

 

ひとつの病が治ると別の病がやってくる。私の体は病が基調。健康は点在するのみ。健康を感じた瞬間、もうどこかが痛い。諸行無常を感じます。体調不良はどこまでも続くかのようですが、まったく同じ不良が続くわけではありません。

 

航空公園はかつて飛行場でした。それが戦後に米軍基地となり、今は公園となっています。

 

万物は流転する。私も土地もその中にいる。そんなことを感じた1日でした。

 

***

 

【参考サイト】

駆け足で所沢の歴史をたずねる 所沢市ホームページ

 

【航空公園に触れた過去記事】


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ニュースタート事務局について思うこと

お金 仕事 ニート 不適応

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ニュースタート事務局の設立者・二神能基氏の「なぜ3万ほしいの?」という問いが頭から離れません。詳しくは知りたい方は先の記事をお読みください。

 

お金はほしいに決まっているじゃないか、と思うのです。

 

お金があれば行きたいところに快適に行ける。お金がなければ電車にも乗れない。したがって説明会にすら行けない。歩き疲れたら、お金のある人はタクシーに乗れるが、ない者は歩くほかない。お金があればほしいものが買える。食べたいものが食べられる。

 

お金がなければ医者にも診てもらえない。医療費ぐらいはあっても、貧しければケチってしまいかねない。買い物にも難儀する。お金があれば気軽に買える。失敗してもダメージが小さいからです。貧乏だと1円でも惜しいから、ひとつひとつの買い物が真剣勝負になり、多大なエネルギーを費やすことになります。

 

私は20以上もの仕事をしましたが、すべて苦役でしかありませんでした。そんな私にとってのお金とは、死ぬほど嫌なことをして得られるものです。だからとても貴重なものです。

 

***

 

二神氏は、今回のお遍路ハウス説明会でも著書でも、何かというとお金を否定し「20世紀の価値観」というレッテルを貼って敵視します。「21世紀は貧乏を楽しむ時代だ」などと言います。

 

お遍路ハウス管理人の給料について「3万と言った人には3万出す。4万と言った人には4万出す」というのはおかしいと思います。一律にした方がいい。同じ仕事をして賃金が違うというのは納得いきません。

 

二神氏はそれに対して「そういう考えの人には向いていない」と言いました。私はニュースタートには向いていないようです。元々この団体には違和感を持っていました。ひきこもりを無理やり寮に入れて共同生活させることがいいとは思えません。

 

***

 

氏の「20世紀の価値観」対「21世紀の価値観」という思考は二項対立型で、それこそ20世紀の思考だと感じます。どこか好戦的。私などは、戦わずに逃げたいものです。

 

また、氏の本を何冊か読みましたが、結婚や家族を持つことを幸せと決めているように思えます。「ひきこもりだった息子が結婚して孫の顔が見せてくれた」と喜ぶ親御さんのエピソードがよく書かれているのですが、旧時代的で鼻につきます。

 

ニート・ひきこもり問題は親子という関係から生じます。だから私などは子供を持ちたくない。また悲劇が繰り返されると思えるからです。二神氏は1943年生まれで、この世代にしては若い世代の考えに近いですが、それでも埋められない世代差はあると思いました。

 

そもそも、二神氏が接してきたニートは偏っています。部屋から何年も出られなかったような人たちです。そういう人はニートの一部でしょう。

 

二神氏は学生時代に始めた塾経営がうまくいって、それ以来お金に困っていないようです。その時点で、ニート当事者の私とは隔たりがあります。私はお金を稼ぐのが大の苦手で、あらゆる労働が苦痛で、我慢して働いているうちに病気になりました。氏もそういう人をたくさん見てきたでしょうが、本人は体験していません。

 

二神氏の思想は、基本的にニートの親向け、支援側向けであるように思います。

 

先日の「ニート祭り2017」の中で、ニュースタートのスタッフのひとり(元ニート)が「働かない方が幸せなのに、ニュースタートはそういう人を働かせようとする。余計なことをしている」と述べておりました。

 

私はこの言葉がとても好ましかったです。同感だったからですが、それよりもスタッフが自身の所属する団体を公然と批判した点が好ましかったのです。そういうことができるというのは健全でいい。


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お金がほしい理由・働きたくない理由

お金 仕事

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「何で3万ほしいの?」

 

「お遍路ハウス」の説明会で二神能基氏に尋ねられました。3万というのは、既にお遍路ハウスの管理人になっている方の月給です。詳細を知りたい方は以下の記事をお読みください。

 

私はとっさに「医療費が月に3万かかったことがあるから」と答えました。「それはこちらでは助けられまへんなぁ」と返されました。

 

***

 

改めて、なぜお金がほしいのか考えてみます。

 

まず私は東京近郊から引っ越したくない。親とあまり離れたくないのです。同居に苦痛を感じていますが、まだまだ助けてほしい。実家の近くに住んで、ちょくちょく助けてもらうのが理想です。

 

姉夫婦がそのパターンです。1歳の男の子がおりまして、妊娠から出産を経て育児に至るまで、かなり母が助けています。姉が子供の面倒を見られない時などは、その子をうちに連れてきて母が面倒を見ています。いい関係だなぁと思います。

 

東京近郊から離れたくない理由の2つ目は、東京が好きだからです。東京が好きで、同時に自然も好きなので、東京郊外はとても都合がいいのです。2日休みがあれば、1日は都内、もう1日は山に出かけることができます。

 

しかし東京近郊暮らしにはお金がかかりますね。お金を欲さざるを得ません。

 

***

 

お金があれば、行きたいところに行けます。ほしいものも買えます。

 

私はヨーロッパに行きたいです。そして歴史的建造物を見て回りたい。日本は地震が多く、建物が木でつくられている関係で、古い建造物があまり残りません。だから歴史を見るなら西洋だと思っております。

 

国内旅行もいいですね。東北から関西までしか行ったことがありません。見ていないところがたくさんあります。

 

それから、お金があればタクシーに乗れますね。お金がないとどんなに疲れていても歩くしかありません。

 

欲しいものはそれほどありません。ただ、生活必需品を余裕を持って買える蓄えはほしいですね。

 

***

 

私は実家から出たいです。ポンッとアパート一室借りられたらいいと思います。あまり悩まずに部屋を借りられるぐらいの経済力がほしいです。

 

買い物は面倒で苦手なのですが、お金がないことがそれを助長しています。なけなしのお金だから失敗すると大ダメージを受けます。だから非常に悩むのです。懐に余裕があれば買い物がここまでツラくならないんじゃないか。

 

30万ぐらいあれば、シェアハウスに引っ越したいですね。生活に必要なものがすべてそろっているからです。

 

***

 

しかし私はお金が稼げません。仕事を20以上もやりましたが、再びやりたいものはありません。仕事は苦役なので、できるだけしない方がいいと考えております。お金はほしいが、お金を得るためには苦役を経るしかないので要らない。こういう考えです。

 

働いてお金を稼ぐシステムは「1発殴られるごとに1万円もらえる」みたいなものと感じます。殴られないともらえない。殴られる数が多いほどいっぱいもらえる。つまり、働くほど傷だらけになる。それなら、なるべくお金を欲さないようにしたい。ダメージは最小限にとどめたいからです。

 

働けば働くほど、心と体がダメージを受けます。それはなるべく避けたい。そうするとお金が入りませんから、できる限りお金を使わずに生きていくしかありません。

 

「お金をもらえるのは価値を提供しているから」と言います。しかし実際には応募から退職に至るまでの一部始終、苦に耐える感覚しかありません。

 

件の説明会で二神氏は「これからは貧乏を楽しむ時代」とおっしゃっていましたが、私の場合は否応なしにそうせざるを得ないようです。

 

私は自分を大事にしたい。自分に優しく生きたい。そのためには、なるべく仕事から離れるのが良さそうです。仕事をすると心身を壊します。仕事をやめてのんびり過ごすと徐々に回復していきます。


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