30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。ポスティングをやめて無職になりました。

人と会おうとすると体調が悪くなってしまう

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先日、ブログを読んだ方と会う約束をした。

 

ツイキャスも聴いてくださっており、ツイッターを見ても、僕と同じように社会に適応できないタイプ。話が合いそうだった。会うのが楽しみだった。

 

でも約束当日、起きたら異常にだるくて行けなくなってしまった。

 

だるいというのは「面倒くさい」ということではなく、頭がボーッとして、めまいもあって、起きていられないのだ。

 

こういうことは初めてではない。人と約束をすると、当日に体調が悪くなる。数ヶ月前、別の人と約束した時は、出かける前の食事でひどい胃もたれに襲われた。

 

無理して出発したが、どうしても気分が悪いのでベンチに座って回復を待った。いくらかよくなったので待ち合わせ場所に向かったが、結局ずっと吐き気があってつらかった。こんなことなら断ればよかったと思った。

 

今回の約束も、無理をすれば行けるレベルではあった。でも、上記のつらかった経験を思い出して断ったのだった。

 

「ドタキャン」というのは大いに嫌われる。ググってみたら「体調管理がなってないからだ。一週間前から体調に気をつければそうはならないはずだ」といった書き込みもあった。

 

でも僕の体調不良は、めまいや吐き気だ。前日までのおこないが原因ではない。毎日同じように過ごしていて、それまで何ともなかったのに、約束の日に症状が出てしまう。

 

当日のめまいは、空腹時のめまいと区別が難しいので、食事をとった上で判断する。それでも良くならなかった時「申し訳ないけど行けない」と連絡する。待ち合わせ時間の2~3時間前になってしまう。本当に申し訳ないと思う。

 

でもネットで調べると「体調不良なんて便利な言葉だね」「構ってちゃんだ」等々、信じないで貶す人も多い。悔しい。でも相手は自分との約束のために時間をあけているのだ。だからドタキャンは重罪なのだ。嫌味や皮肉ぐらいは甘受せねばならないと思う。

 

先に挙げた例のほかにも、体調不良を押して約束を果たしたことは何度もある。でも、それはそれでやはり迷惑をかけていると思う。口数が少なかったり、何度もトイレに行ったりして、心配をかけてしまうからだ。

 

そうすると、僕みたいなタイプは約束をしない方がいいのか。基本的にはそうだと思う。何しろ、体調不良というのは体の拒否反応なのだ。人に会うのがイヤだから、その症状は起きるのだ。

 

でも人に会うことを避けることで失うものは多い。

 

僕にも親しい人はいる。学校で人間関係を築くことができなかったので、みんなネットを通じて知り合った人だ。この人たちとも、初めは無理して会った。大いに緊張しながら、食事をしたり、出かけたりして関係を深めていった。

 

人と会うのは緊張する。何度も会って、親しくなっても緊張する。親兄弟の間柄でも緊張するくらいだ。初対面の緊張を乗り越えるのは難しい。会いたい人との約束でも具合が悪くなってしまうのは、緊張が自分の限界を超えてしまったということだと思う。

 

でも根性で何とかなる問題ではない。実際に体調が悪くなっているのだから。めまいも吐き気も気合いでは消えない。でもその壁を乗り越えることで、付き合いが始まり、人間関係が広がる。

 

人間関係など、なくても狭くても生きていける。でも、僕にとってそれは良くないと感じる。

 

僕は対人恐怖症だからだ。人間不信が底にある。これを乗り越えるには、たくさんの人の優しさに触れることが大切なのだ。人に会えば会うほど傷つくことも増える。でも同時に自分を肯定してくれる人も増える。対人恐怖は、人に会わないでいてはよくならない。だから、人に会わずに閉じこもるのはよくない。

 

体は人と会うことを拒否する。でも会わないと対人恐怖は治らない。どうすればいいのか。

 

あきらめて、一人で楽しむことなのかなと思う。人と約束して会うことはできないが、一人で楽しんでいれば、自然に人と会うチャンスが広がる気がする。

 

たとえば、いつも一人で何かのイベントに行っていれば、いつかは同好の士と「ちょっと食事でも」という機会は訪れるだろう。それは約束ではないので、事前の緊張もなく、スッと入っていけるのではないか。

 

そんな形で仲良くなった人は今のところいない。でも僕はもう、体調不良を押してまで人と会うことに疲れた。だから、これからはこの形で行きたいと思っている。

 

***

 

【この記事を書く際に参考にした本】

人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学 (文春新書 (074))

人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学 (文春新書 (074))

 

 

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働けないけど実家から出たい

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実家から出たい。

 

でも働けないし稼げない。どうしたらいいのだろうか。

 

***

 

実家暮らしは楽だ。食事も風呂も掃除も、みんな親がやってくれる。でもその代償として、あらゆることに口を出される。

 

腹が減ったので台所に行くと、居間でテレビを観ていた母が寄ってくる。あれを食べろ、これを食べろと言ってくる。しょうゆをかければ「かけすぎ」、ケチャップをかけようとすれば「油が多いから塩にしなさい」、多めに盛れば「夜遅いんだから少なめにしなさい」、逆に少しにすれば「余って困るからもっと食べなさい」。

 

基本的に僕の選択は否定される。だからどんどん自信がなくなる。親に否定されるのがイヤなあまり、何でもかんでも先に尋ねるようになってしまった。しょうゆはどれだけかけたらいいのか、ケチャップをかけていいのか、ご飯はどれぐらい食べればいいのか……。

 

とても不本意だ。ご飯ぐらい好きに食べたい。調味料ぐらい自分で決めたい。もう親の顔色をうかがって生きるのはイヤだ。

 

実家から出たい。

 

***

 

僕はツイッターでくりかえし「実家から出たい」とつぶやいた。そうしたら、数人から「うちに来ませんか」と声をかけられた。ある人は無償で、ある人は農家の手伝いという条件付きで。場所は東京のほか、静岡、愛知、広島など。

 

だから僕は、今すぐにでも実家脱出が可能だ。それでも渋ってしまうのは、人の世話になるのがしんどいからだ。

 

僕は人といるとリラックスできない。人に対してとても気を使ってしまう。人の機嫌が悪いとかなりつらくなってしまう。人とおしゃべりするのは好きだが、すぐに疲れてしまって「早く一人になって変な格好でダラダラしたい……」と思ってしまう。

 

たとえば寝転がって片足だけ椅子に乗せるような格好は、あまりにも行儀が悪いので人には見せられない。でもそういうポーズはとてもリラックスできる。

 

こういうことは相部屋だとできない。相部屋では常にかしこまってしまう。寝転がるぐらいはできそうだが、ある程度きれいな寝転がり方を意識してしまう。四六時中これでは身が持たない。

 

その他、大あくびをしたり、風呂上がりに全裸で過ごしたりすることも、相部屋ではできない。

 

相部屋でテントを張ることも考えたが、テントは布でしかない。気が休まることはないだろう。

 

***

 

結局、僕にはどうしても個室がいる。でもお金は持っていないし、今後も持てないだろう。お金をかけずに個室を手に入れるにはどうしたらいいのか。

 

外でテント暮らしというのを考えた。でも、これはかなり厳しい。夏の暑さ、冬の寒さ、雨の日……。そこまでするぐらいなら、実家の方がいい。

 

僕は基本的に家にいたい。だから家が快適である必要がある。するとテント暮らしは無理だ。

 

自作の小屋で暮らしている人がいる(「寝太郎」こと高村友也氏、「かつや」こと吉田克也氏などが有名だ)。でも僕には小屋をつくりたいという欲求がない。というか、面倒なのでつくりたくない。

 

そんなことをするぐらいなら、安アパートを借りたい。水は公園の水道、電気はヘッドライトを使う。トイレは都市部であれば街中にある。

 

食に関しては炊き出しを回ればよい。毎日2回は食にありつける。特に東京都台東区は充実しているので、引越し先の候補だ。

 

東京炊き出し&軽食提供情報 | 困窮者・ホームレス支援

 

*** 

 

安アパート+炊き出しが一番いい気がする。ただそれでも家賃はかかる。1~2万は必要だ。

 

この問題は「ベーシックインカムハウス」で解消される。家賃無料の上、月に1.5万円が支給される。魅力的だ。

 

でもこれには選考がある。自分をアピールして選んでもらわないといけない。それでも基準に満たなかったり、応募者が多かったりすれば不採用となる。就職活動みたいだ。しんどい。

 

ただこういう家が増えていけば、倍率は下がり、入りやすくなる。そうなっていってほしい。

 

現代日本には、食べ物も家も余っている。それなのに、お金を払わないとそれらを得られないことになっている。そしてお金を払うためには、イヤでたまらない労働をしないといけない。

 

おかしな話だ。到底納得できない。今後もできる限り働かずに生きていきたい。


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沼津観光の思い出

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2016年3月9日、静岡県の沼津に行った。青春18きっぷの旅だ。

 

目的は「ラブライブ!サンシャイン!!」の聖地巡礼。当時はまだアニメ化前で、CDも1枚しか出ていない頃だった。聖地は雑誌のイラストと、デビューシングルのPVに出てきた景色だけだ。

 

当日は5時40分に寝て7時に起きた。僕は夜型なので、朝にならないと眠れないのだ。もちろん、死ぬほど眠かった。サラダだけ食べて家を出た。

 

8時24分、新所沢発。高田馬場経由で品川へ。9時40分、品川を出発。クロスシートだったのが嬉しかった。

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保土ヶ谷あたりの車窓が印象に残った。左右がかなりの高台なのだ。線路が深い谷を通っている。

 

続いて戸塚。箱根駅伝の中継所で有名だ。横浜市内なので人口密集地のイメージがあったが、車窓から見える景色は山の中のようだった。

 

東海道線は思っていたより駅間距離が長い。驚くほど止まらない。

 

***

 

早川を過ぎると、眼下に太平洋が広がった。事前に情報を得ていたが、予想を上回る絶景だった。

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11時20分頃、終点の熱海に到着。ここで沼津方面の電車に乗り換える。

 

降りたホームで待っていたのだが、なかなか来ない。おかしいなと思って横を見ると、もう来ているではないか。こちらは10両編成であるのに対して、あちらは3両。そのせいで気付かなかったのだ。駅員が「まもなく発車します」と言っている。走って走って何とか乗れた。

 

電車は混んでいて座れなかった。20分ほど乗って、沼津に着いた。12時前ぐらいだった。ここからはバスで内浦地区に行く。40分ほどかかる。

 

市街地を20分ほど走ると、後はずっと海沿い。海面が日に輝いてきれいだった。

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長浜バス停で下車。ついに着いた。ここからは聖地巡礼だ。

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僕は勘違いしていた。上記画像の場所がキービジュアル(「助けて、ラブライブ!」のイラスト)の場所だと思っていたのだ。砂浜がないが、当時は情報が少なくてわかりづらかった。

 

浦の星女学院のモデルになった中学にも行った。

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高台からの景色は素晴らしかった。

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途中、何人もの中学生とすれ違った。地元の方々は、アニメの聖地になったことについてどう思っているのだろうと考えた。

 

沼津市街地はさておき、内浦地区は静かな田舎だ。観光地化を喜ばない人もいるのではないか。僕なら、自宅周辺にカメラを持った人間がうろつくようになったらイヤだ。

 

しかし広い目で見れば、このあたりは伊豆であり、伊豆は一帯が観光地だ。水族館やヨットハウスもある。僕みたいな住宅街育ちの人間とは感覚が違うかもしれない。

 

***

 

16時頃、重須バス停から乗車。沼津駅へ戻る。オープンしたばかりのゲーマーズ沼津店を見に行った。

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17時43分、沼津駅発。

 

根府川と国府津で途中下車した。共にアニメ「ラブライブ!」で登場した聖地だ。

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(根府川駅ホーム)

 

特に国府津は良かった。歩いて数分のところにある国府津海岸は、波の轟音がすごかった。

 

日はすっかり暮れていた。周囲は闇に包まれており、波の轟音だけが聞こえる。足元は砂で歩きづらい。

 

突然、片足がズボッとはまり、スネまで埋もれた。暗くてよく見えないので怖かった。これ以上歩くのは危険と判断し、帰ることにした。

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(国府津海岸。後日再訪して撮ったもの)

 

品川で降りて高田馬場に行くつもりだったが、シートが気持ちよかったので、わざと乗り過ごした。結局、赤羽まで行ってまた戻った。

 

22時40分頃、新所沢に着いた。

 

おそろしく密度の濃い1日だった。埼玉から静岡まで行って観光し、夜には自室でいつもどおり暮らしている。こんなこともできるんだ、と自信がついた。

 

旅はいい。自信と充実感が得られる。


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会社員になれなかっただけの無職

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会社に勤めず、すごいことをやる人がいる。社会不適合者界隈とでも言うのだろうか。phaさん、山奥ニートさん、えらいてんちょうさん、プロ奢ラレヤーさん等々。

 

僕も会社に勤めていない。会社が無理でやめた。

 

でもそれだけなのだ。僕は会社員をやれなかっただけの無職なのだ。

 

起業する気など起きない。致命的なのが、人と接するのが苦手という点だ。人に会うと疲れてしまう。ひとりになって空を仰ぐと心が落ち着く。

 

僕は弱いから、人に助けてもらわないと生きられないのに、人と会うのがしんどくてひとりにばかりなってしまう。

 

***

 

会社員ができなくて会社をおこす人、店を開く人、小屋で暮らす人、農家になる人、旅に出る人、いろいろいる。

 

僕はどれでもない。それらになる気力がない。ただ何もせずに暮らしていきたい。僕の願いは、ただ穏やかに暮らすこと。

 

お祭りもボードゲーム大会もいらない。大勢でワイワイしたくない。ひとり草むらで、風に吹かれてお茶を飲みたい。

 

***

 

ある人は言う、「好きなことをしろ」。僕の好きなことは、しなければならないこと以外のすべてだ。拘束されていない時間そのものが好きなのだ。

 

またある人は言う、「つらいことはやめろ」。僕は仕事がつらいからやめた。その結果、老いた親にお金をせびる無職になってしまった。これはこれで苦しい。

 

どうしたらいいのだろう。

 

***

 

今日も朝まで眠れなかった。外はすでに明るく、鳥の鳴き声が響いていた。この時間に活動を始められたらなあと思う。

 

たとえば大回り乗車をしに行く。朝日を浴びながら、車窓を見るともなく見てボーッとするのだ。

 

連なる山々、田んぼのあぜ道、自転車通学の中高生……。

 

でも今は出かける元気もない。近所を小一時間散歩するほかは家にいて、インターネットに埋もれて過ごしている。

 

今は無気力期だ。しんどい時期だ。しっかりと休んで、活動期が来たらあちこち出かけたい。そしていろいろ書きたい。


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上州桐生紀行

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5月5日の夜7時過ぎ、群馬県桐生市の祖母宅へと向かった。

 

まず最寄り駅の新所沢から練馬へ。そこから少し歩いて練馬区役所前バス停に行き、高速バスを待つ。新宿発・伊勢崎行きだ。定刻5分遅れで到着した。

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僕は高速バスが苦手だ。閉じ込められるのが嫌なのだ。電車ならひと駅ごとに扉が開くが、高速バスは2時間に1度ぐらいしか開かない。それがつらい。

 

トイレの心配もある。トイレ付きであっても僕は困る。揺れると用が足せないからだ。

 

乗車直前にトイレに行った。飲み物も控えた。それでも結局、車中で行きたくなってしまった。仕方がないので、ひたすら我慢した。本当に高速バスは苦手だ。

 

練馬から1時間40分、伊勢崎駅に到着した。ここはもう群馬県だ。さっさと改札を通ってトイレへと向かった。

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伊勢崎から桐生までは17分。古い車両だけあってやたらに揺れる。やたらにうるさい。地方に来たなあと感じた。

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22時30分、桐生駅着。

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ここから祖母宅までは歩いて20分ほど。何度も来ているのに迷ってしまった。高齢化が進む街ではあるが、連休中の夜ということもあって、意外と若者がいた。そういうのを避けて裏道を選んでいたら、知らないところに出てしまったのだ。グーグルマップを開いて事なきを得た。

 

23時頃、祖母宅着。4時間の長旅だった。

 

高速バスがしんどかったせいで、食欲がなかった。先に来ていた母にオレンジを用意してもらい、チマチマとつまんだ。

 

そうするうちに食欲がわいてきたのでご飯を食べた。おかずはフキの煮物や山椒。非常においしかった。僕は肉よりも魚よりも山菜が好きだ。

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(手前は大根おろし)

 

その後、風呂に入ったりして、寝たのは4時30分頃。静かな夜だった。新所沢の僕の家は大きな道路が近いため、夜でもうるさい。整備不良のバイクや、パトカー・救急車のサイレンが静寂を引き裂く。

 

しかしここは全然音がしない。遠くを走る車の音すらしない。良いなあと思った。

 

***

 

翌日は昼過ぎに起きた。夕方、散歩に行った。近くを流れる桐生川を観てきた。

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桐生には山も川もある。いい街だと思う。特に山が近いのはいい。心が落ち着く。

 

万人に薦められる街ではない。山や川なんて日本中あちこちにあるし、市街地など寂れる一方だ。

 

僕がいいと思うのは、結局、子供の頃から長期休みのたびに訪れていて、思い出がたくさんあるからだろう。祖父母が好きだったから、自然と街にも愛着を持つようになった。

 

僕は転勤族家庭で育ったから、故郷というものを持たない。桐生がその代わりになっているのかもしれない。

 

祖母は今年で85歳だ。亡くなったら、この家に住むのもいいかもしれない。

 

***

 

よろしければ投げ銭をください。


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男の下着・女の下着

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僕はブリーフ派だ。

 

それなのに、近頃の男性用下着売り場ときたらボクサーブリーフだらけ。僕にはボクサーの良さがわからない。太ももまで布があるのが嫌なのだ。あくまでビキニ型のブリーフがいい。

 

従来のブリーフは格好悪いとされる。ググってみると、特に女性の評判が悪い。股間が強調されるのが「無理」だとか(余談ながら、僕はこの「無理」という言葉が非常に引っかかる。言うのは必ず女性だ。「生理的に無理」という言葉を男性から聞いたことがない)。

 

「気になっていた男の下着がブリーフだったので冷めました」とかいう話もある。そんなことで冷める好意なんてあり得るのか。くだらなすぎて何も言いたくない。

 

別に下着は異性に見せるために穿いているわけではない。自分が好きなものを選べばいいのだ。

 

だいたい、ブリーフといってもいろいろある。白のホームベース型しか知らないで「ブリーフが嫌い」では話にならない。

 

色なんて黒やグレーやピンクなどいくらでもあるし、ストライプ柄だってある。布の面積だって、下腹部を覆わないものから、へそが隠れるものまで様々だ。

 

しかし、くりかえしになるが、男性用下着売り場にはブリーフなどほとんどない。今やボクサーブリーフ一強だ。なんて芸がないのかと悲しくなる。

 

***

 

一方、女性の下着は違う。種類が無限にある。どれもこれもカワイイし美しい。見惚れるようなデザインが多い。こんなものを着けて暮らせたら楽しいだろうなあ、と憧れる。

 

僕には女性用下着を穿いて暮らしたい欲求がある。実際に所持もしているのだが、たまに身につけて、少し堪能したらすぐタンスにしまう。男性の体に合わせてつくられているわけではないから、穿き心地が良くないのだ。日常的に着用し続ける気になれない。

 

ググってみたら、レースや花柄など、女性用下着のような魅力的なデザインの男性用下着を取り扱う通販サイトがあった。

 

これもアリかなとは思った。でもどうしても形が崩れる。男性器を収める部分が僕の美意識に沿わないのだ。これがあることによって穿き心地もよくなるのだが、代償として格好悪くなる。

 

女性物→デザインに心ときめくが、体には合わない。

男性物→体には合うが、デザインがつまらない。

女性物のような男性物→体に合うが、形に不満が残る。

 

迷うところだ。

 

現状は普通に男性用下着を穿いているわけだが、これには実家暮らしだからという理由もある。たまに穿く女性物は、家族には内緒だから風呂で洗濯している。

 

一人暮らしならこんな気遣いはいらない。シェアハウスなど共同生活なら、恥ずかしくて干せないから、男物を穿き続けるだろう。

 

穿く下着は、生活形態でも変わる。下着ひとつで、いろいろ考えることがある。

 

***

 

男女の下着についてはラジオでも語ったことがある。興味を持った方は聴いてみてほしい。


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一人暮らしと女装趣味

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一日だけ、アパートで一人暮らしを体験した。

 

そのアパートは東京都下にある。弟が借りているのだが、数ヶ月前から住んでいない。彼は都心に勤めていて、今は会社近くの友人宅に身を寄せている。早朝から深夜までの仕事で、帰るのが億劫になったからだという。

 

家賃だけ払っている状態。もったいない。せっかくだから一泊してみよう。こういう流れだ。

 

4月19日の夜、自宅から1時間ほどかけて到着。荷物を置いて散歩に出た。ツイキャス配信をしながら歩いた。

 

戻ってきて夕食。母に作ってもらった弁当を食べた。深夜、再び散歩しながらツイキャス。三鷹駅まで行って帰ってきた。静かだった。

その後、朝まで一人暮らしを満喫した。女装をして過ごした。女装をするとテンションが上がり、何をしても楽しい。

 

実家でも自室で女装をするが、親の目があるので、自室から出る時には普段の服装に戻さないといけない。しかしここでは外に出ない限り女装のまま動き回れる。いろいろな動きをして楽しんだ。

 

精神的に解放されている感じがした。

 

なお、この趣味は自分ひとりで楽しむつもりしかない。つまりグレードアップして外で活動する気などはない。写真をネットにアップするつもりもない。あくまで自分自身を満足させたいだけだからだ。

 

性的不満を発散させている面もあるため、異性のパートナーができたらやらなくなるのかもなあと思ったりもする。それとこれとは別なのかもしれないが、パートナーがいたことがないのでわからない。

 

結局、夜が明けるまで女装ライフを楽しんだ。

 

夜というのに派手なレコードかけて

朝までふざけようワンマンショーで

 

沢田研二「勝手にしやがれ」の一節だが、まさしくこんな感じの一夜だった。僕の女装はいつだってワンマンショーだ。演者も客も自分ひとり。中学生の頃からやっているのに、いつでも女装した自分を鏡に映すとドキドキする。

 

女装趣味については過去にも書いた。

 

カーテンの隙間から朝日が漏れる。疲れてベッドに横たわる。しかし眠れず、起き上がって街へ出た。

 

また歩きながらツイキャスをした。

 

こんな時間に外を歩くのは久しぶりだった。とてもいい天気で、世界はなんて明るいんだと思った。新緑がまぶしかった(トップ画像はこの時に撮影した)。

 

午前9時43分、就寝。長い一日が終わった。


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