30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。現在は週2でポスティングをやっています。

自己紹介

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あぎると申します。

 

1985年生まれの32歳男性。埼玉在住です。(2018年4月8日現在)

 

小学校に上がるまでは東京で育ちました。その後、父の仕事の都合で長野、大阪、栃木、岩手と各地を転々とし、中学に上がる前に埼玉の川越市に来ました。高校入学前に隣の所沢市に引っ越し、今に至ります。

 

小学校で3回転校、4つの小学校に通いました。中学卒業までに6回引っ越し、7つの街で過ごしました。

 

中学時代は野球部に所属していました。

 

高校2年で不登校になり、通信制の学校に転入。週に1度の通学以外は市立図書館にひきこもっていました。宗教書、哲学書、文学書を読みあさりました。

 

宗教は仏教、哲学はクリシュナムルティ、文学は「若草物語」や「赤毛のアン」といった少女文学に夢中になりました。詩人の立原道造のファンになったのもこの頃です。

 

そんな生活を2年半続け、2005年4月に東京都内の私立大学に入学しました。

 

はじめは仏教学部だったのですが、2年進級時に文学部に転じました。専攻はなかなか定まらず、文学に行ったり、社会学に行ったりとフラフラしましたが、3年になって西洋哲学に落ち着きました。

 

卒業論文では、仏教とキリスト教の比較をやりました。師事した西洋哲学の先生が浄土真宗の僧侶でもあったことから、こうなりました。結局、一度離れた仏教研究に戻ったわけです。

 

就職活動はせず、2009年3月に卒業しました。就活をしなかった理由は過去に書きました。

 

以後、現在までフリーターとして過ごしています。正社員になったことは一度もありません。社会に適応できず、病気がちで、無職期間も長いです。ほとんどがパートタイムで、年収も65万円が最高です。

 

***

 

以下、職務経歴を記します。

 

高校1年生の夏休みにコンビニ店員。冬休みには郵便局で年賀状の仕分けをやりました。以降、大学1年までの5年間、年末年始は毎年郵便局で働きました。2年目からは仕分けではなく配達をやりました。

 

大学2年の夏から大学3年の夏にかけて、遊園地で清掃係を務めました。

 

卒業後は、2009年3月から2012年3月まで、メール便の配達をやりました。車ではなくて自転車です。業務委託でした。週6日働きましたが、1日の労働時間は2時間程度でした。

 

2012年4月、郵便局に時給制契約社員として入社。いろいろあって1ヶ月でやめました。詳細は以下の記事に書きました。 

 

同年10月、スーパーの品出しを始めますが、なじめず2週間でやめました。

 

2013年5月から2015年5月まで、倉庫作業員をやりました。

 

2015年6月から9月にかけて「若者正社員チャレンジ事業」というものに参加しました。企業で研修を受け、採用試験も受けましたが、願いは叶いませんでした。

 

2017年6月からはポスティングを始めました。現在も継続中ですが、今月でやめることになっています。

 

今後は、もう雇われて働くことはしたくないと思っています。文章を書いて投げ銭をもらったり、誰かを手伝ったりして、何とか生きていければと思っています。

 

***

 

宗教・思想について。

 

十代から仏教徒で、親鸞の教えをよりどころとしています。その他、老荘思想もベースにあります。

 

高校時代は宗教評論家のひろさちや氏による仏教書に夢中でした。19歳から27歳頃は本多信一氏の本が座右の書でした。27歳以降はpha氏の本がバイブルとなっております。

 

最近では、えらいてんちょう氏やプロ奢ラレヤー氏の生き方・考え方を大いに参考にしています。

 

***

 

趣味は音楽鑑賞、野球観戦、アニメ鑑賞です。

 

ビートルズやビーチ・ボーイズなど、60年代の洋楽を愛聴しています。邦楽も60年代から70年代が好きで、ザ・タイガースや沢田研二のファンです。

 

野球は西武ライオンズを応援しています。

 

アニメは「ラブライブ!」が好きです。声優ユニット、ミルキィホームズのファンです。

 

***

 

ハンドルネーム等について。

 

ビーチ・ボーイズの「アイ・ゲット・アラウンド」という曲に由来します。そのままでは長すぎるので少しいじって「アギルラン」とし、2011年4月よりこの名で活動を始めました。その後、呼びやすさを考えて「アギル(あぎる)」に縮めました。

 

IDがagiru64なのは、上記の曲が1964年に発表されたことによります。

 

ツイッターIDの@agimuseというのは、agiru+museです。museというのは「ラブライブ!」に登場するアイドルグループ「μ's」のことです。

 

***

 

以上です。今後とも、よろしくお願いします。

 

記事を楽しんでいただけたようでしたら、投げ銭をくださると嬉しいです。


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都バスで東中野から新橋へ

 

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11月初旬、曇り。新所沢から西武新宿線に乗り、下落合で降りた。高田馬場の隣の駅だ。各駅停車しか止まらない。

 

神田川沿いを歩く。

 

ずいぶん深いところを流れている。川底と岸壁がコンクリートで固められている。東京の川だ。僕は6歳まで中野区鷺宮で育った。家のすぐそばを流れる妙正寺川もこんな風だった。懐かしい感じがする。

 

10分ほどで小滝橋車庫に着いた。住所は中野区東中野5丁目だ。

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バス停周辺に人がパラパラと集まっている。並んではいない。ちょっと離れたところに立っていたら、だいぶ後ろになってしまった。特等席(前扉のすぐ後ろ)を取ることができなかった。

 

出発してほどなく、バスは新大久保に差し掛かった。コリアンタウンだ。以前歩いたことがある。思ったより韓国色が薄くてガッカリしたものだった。韓国に来た気分になることを期待していたのだ。期待が大きすぎた。

 

都営戸山ハイツを過ぎると「新宿ここ・から広場」というバス停に着いた。変な名前だなあと思った。

 

そして市ヶ谷。

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以前、ここに通勤していたことがある。ひたすらデータ入力をしていた。

 

ある朝、市谷亀岡八幡宮(いちがやかめがおかはちまんぐう)に参詣した。境内にある階段の傾斜が非常に急で、スリリングだった。

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バスは永田町に入る。各所にガードマンが立っていて、何となく緊張する。ちょっと国会議事堂が見えた。地方から来た修学旅行生になった気分だ。

 

そして新橋駅に着いた。

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面白い形のビルがあった。新橋駅前ビル1号館と書いてある。

 

駅の反対側に移動し、ニュー新橋ビルに入った。怪しい占い屋が散見され、中野ブロードウェイみたいだと思った。トイレが有料だったので1円を投入して利用した。

 

その後、周囲をウロウロしたが、特に面白くなかったので帰ることにした。

 

「都06」渋谷駅行きに乗った。新橋、金杉橋、芝園橋、赤羽橋、中ノ橋……。「橋」の付くバス停が延々と続く。

 

渋谷駅からは「早81」で早大正門に行き、「学02」に乗り継いで高田馬場駅へ。この2路線については以前書いた。

 

こうして都バス旅・第3弾は終わった。

 

 

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眠れないので秩父に行った

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2017年11月5日、朝5時45分の電車に乗った。

 

まだ夜は明けない。昼夜逆転がひどく、起きている時間のほとんどが夜。もうこんな生活は嫌だ、いっそ徹夜しよう。こう思って家を出た。

 

目指すは西武秩父。所沢で乗り換え、飯能で乗り継いだ。

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(西武鉄道Webサイトの路線図を加工)

 

ボックスシートを独り占め。心地よい。

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いい景色だ。山の緑と青い空。ところどころ紅葉している。

 

こんな山の中にも人は住んでいるんだなあ。結構民家がある。完全な山奥も悪くないが、ポツポツと家がある感じもまたいい。

 

8時30分、西武秩父着。

 

この駅は2017年3月に改装された。何度も訪れているが、改装してから来るのは初めて。跨線橋の内部が黒塗りになった。木目と黒のコンビがオシャレだ。

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照明も和の雰囲気を演出している。

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駅名フォントも和っぽい。

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そして外観。かっこいい。以前は壁が白、屋根が茶色だった。

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秩父鉄道の御花畑駅を経て、番場通りを歩く。国登録有形文化財が目白押しだ。

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秩父神社で参拝。アニメ「あの花」にも出てきた。

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西武秩父方面へ戻り、慈眼寺へ。本堂の彫り物がすごい。

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本堂の隣の建物。2階は着物を着た文豪が逗留していそうな雰囲気がある。

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20代と思しきカップルが、二人して手をパチパチ打っていた。ここはお寺だ、神社ではない。どちらかが気付いても良さそうなものだが、と苦笑した。

 

まだ9時ぐらいだったが、眠くなってきたので帰路についた。午前中の内に帰宅できた。ご飯を食べて寝た。


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ポスティングをやめる

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来月半ばでポスティングをやめる。

 

既に会社には連絡した。理由は嫌になったから。週に2日から4日、同じエリアで配り続けることにウンザリした。

 

去年の6月に始めたので、およそ10ヶ月。「仕事が続かない男」らしく1年未満での退職だ。

 

でもネガティブな思いはない。今や「仕事が続かなくて何が悪い」と思っている。嫌な仕事を長く続ける方がおかしい。ブログ開始当初とは考え方が変わった。

 

この先どうするか。店の手伝いか、農業の手伝いを考えている。

 

僕は会社に勤めることができない。店を開くような意欲もない。そこで、人の仕事を手伝うことにした。あいまいに働くという感じだ。

 

ツテはある。あとは実践できるかどうかだ。1ヶ月後、僕はどこで何をしているだろうか。

 


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noteで日記の公開を始めた

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「note」で日記の公開を始めた。月額500円。その日にあったことを淡々と書いている。

 

その際、参考にしているのがライフログノートだ。

 

これは読んで字のごとく、生活を記録するノートだ。奥野宣之『情報は1冊のノートにまとめなさい』に触発されて始めた。2012年1月から6年以上続けている(上記写真参照)。

情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

 

 

日記との違いは、いつ書くかという点にある。日記は就寝前にまとめて書くが、ライフログはひとつの行動を終えるたびに記録する。起きたら書く、食べたら書く、電車に乗ったら書く。

 

僕も少し前までは行動のたびに記録していた。しかし今は面倒になり、寝る前にまとめて書くようになってしまった。普通の日記に近くなっている。

 

ただ時刻だけは正確に記録している。「5時21分に寝て、12時07分に起きた」のように。僕はiPod touchをいつも持ち歩いていて、何かあるたびに時刻をスクショしている。後でその時刻を見て行動を思い出し、ライフログノートに記しているのだ。

 

***

 

noteでの日記公開は3月1日から始めたので、今日で10日になる。ブログと比べるとかなり楽だ。ただ淡々と事実を述べていくだけだからだ。無料サンプルを公開しているので読んでみてほしい。

 

どうだろうか。あえて何事もない日の日記をサンプルに選んだ。イベントがあった日の日記は、当然ながら充実する。文字数も多くなるだろう。それをサンプルにしたら、毎日そんな日記を書いていると思われてしまう。

 

日記は基本的に事実を述べるだけだ。一方このブログの記事は、つらい思いを綴ったものばかり。書くためには、忘れかけていた心の傷を見つめ直さないといけない。消耗する作業なのだ。

 

日記は淡々としていて物足りないかもしれない。それでも、このブログと同じ人間が書いているのだから、共通の雰囲気はあると思う。

 

ブログの更新は月に数回になっているが、日記は毎日更新している。購読していただけたら嬉しい。もっと良い記事を書けるよう工夫していきたいと思っている。

 

***

 

面白かったら投げ銭ください。


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楽しく生きる方法

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最近「ツイキャス」で自分のおしゃべりを配信することにハマっている。えらいてんちょうさんのラジオ(えらてんラジヲ)を愛聴しているうちに、自分でもやってみたくなって始めた。配信後にはYouTubeに転載している。

 

僕に話すことなどあるだろうかと思っていたのだが、実際にやってみると泉のように湧き出てくる。いわゆる芋づる式で、なかなか途切れない。

 

僕は元々ニコ生主で、2011年4月からやっている。近頃は年間数回に減っていたものの、かつては毎日放送していた。

 

これまでと違うのは、外で配信するようになったことだ。ニコ生は必ず自宅でやっていた。ところがツイキャスは外でばかりやっている。歩きながら話すのが楽しいのだ。

 

僕の歩きながらの配信は、頭の中を紹介しているようなものだ。何しろ、ふと頭に浮かんだことを全部口に出している。コメントしてくださる方もいるが、大半は誰もいないから、ひとりで勝手にしゃべっている。

 

内容は、半分が好きなものについて。ビートルズや沢田研二などの音楽、ラブライブなどの二次元作品、それから西武ライオンズを中心とした野球トークだ。

 

もう半分はこのブログと同じ。つまり「働けない」「稼げない」「実家ぐらしがつらい」という話だ。

 

現時点では、ほぼ毎日配信している。時間は夕方から夜中の間が多い。配信を始めたらツイートで報告している。ツイキャスでもYouTubeでもコメント歓迎なので、そこでこのブログについて尋ねてくださっても構わない。聴いていただけたら嬉しい。

 

***

 

ツイキャスだけでなく、polcaも始めた。「ブログやツイートやラジオが面白かったら投げ銭ください」という企画だ。大道芸人のつもりでやっている(この心構えも、えらいてんちょうさんから学んだことだ)。

 

ブログもツイートもラジオも好きでやっていることだが、それで投げ銭をいただけると、更に嬉しい。やっていて楽しいことが更に楽しくなる。

 

生きづらさは依然としてなくならない。でも、楽しく生きる方法が少しずつ見えてきたように感じる。


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僕は就活ができない

僕は就職活動というものをほとんどしたことがない。そもそも会社員になりたいと思ったことがない。

 

中学時代の夢は歴史研究者だった。高校に入ると僧侶になりたいと思った。不登校になり、本を読みあさっているうちに、仏教と出会ったのがきっかけだった。寺の坐禅会に通い、阿弥陀仏の救いを信じて念仏を唱える高校生だった。

 

それで大学の仏教学部に進学した。ところが勉強は退屈で、先生方にも人としての魅力が感じられなかった(先生方は僧侶でもあるので、かなり失望した)。

 

そこで2年に上がる時に西洋哲学専攻に転じ、研究者になる道を考えた。しかし卒業論文の作成で嫌気が差してしまった。研究は僕がしたいことではなかったのだ。

 

こうして、なりたい職業がなくなった。

 

***

 

自己分析をいくらやっても「働きたくない」という結論しか出なかった。企業の説明会に行ってもまったく興味が持てない。なるべく働かずに生きたいという思いしかなかった。僕の望みは、ただのんびり暮らすことだった。親も何も言わなかったので、進路未定のまま卒業した。

 

「友人が次々に内定を決めていくのに、自分は内定なしでつらい」みたいな話をよく聞く。でも僕は当時も今も、そんな気持ちを抱いたことがない。僕は人の目をとても気にする人間だが、働くことに関しては「誰が何と言おうと就職したくない」という強い思いを持っていた。学生時代に体験したアルバイトのすべてが苦痛でしかなかったからだ。

 

卒業後はメール便の配達をやった。すべての仕事が嫌だったが、親が「月に3万、家に入れろ」と命じてきたので、仕方なく少しだけ働くことになった。この仕事にしたのは、出社不要だったからだ。これなら会社嫌いの僕でも何とかなると考えた。週6日労働だったが、1日2時間で終わるので勤まった。

 

結局3年働いて退職した。続いて郵便局で配達の仕事に就いた。ここでふと「正社員になろう」という世間並みの目標を持ったのだが、社内で酷い目に遭って終わった。詳細は下記の記事に書いた。

 

*** 

 

29歳の時、焦り覚えた。「今を逃したら一生就職できず後悔する」と思い、若者正社員チャレンジ事業というものに応募した。しかし1社受けただけで終わり。どうにも向いていないのだ。そもそも応募することができない。

 

僕は会社員生活には苦痛しかないと思っている。それでどうして応募できるだろうか。

 

働くしか選択肢がないのであれば、とにかく最小限にとどめたい。ところが正社員となれば、週5日・毎日8時間以上働かされる。そんな生活は絶対に嫌だ。だから僕は就職活動ができない。

 

就職なんてしなくても生きられる。少なくとも僕は32歳まで生きられた。もし今年死んでも、就職せずに9年間生きられたのだから良かったと思う。


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