30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの31歳。埼玉在住。基本無職、たまに働く男の日々を綴っていきます。ラブライブとビートルズと西武ライオンズが好き。

女男男の真ん中っ子

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僕は3人きょうだいの真ん中っ子(中間子)だ。構成は女男男。姉が3歳上、弟が3歳下だ。

 

兄弟の構成によってどんな性格になるか。好きな異性がいる人や、これから子育てをする人などが気にするようだ。そこで僕の場合を書いておきたい。

 

現代日本は少子化の世の中で、一人っ子も多い。でも憧れたことはない。一人っ子は親の愛情を独占できるとかお小遣いが多いとか言われるけど、うらやむことはなかった。

 

親からの愛情不足を感じた記憶がない。親が姉ばかり構うとか、弟に甘いとか感じたことがない。逆も然り。全員平等だったように思う。

 

兄がほしいと思ったこともない。兄のいる友達は結構殴られたりしていて、嫌だなと思っていた。もちろん、そんな兄ばかりではない。現に僕は弟を殴ったことなどない。取っ組み合いのケンカもせずに成人した。友人に対しても同じだ。男子がみんな殴り合って大きくなるわけでもない。

 

妹がいたらいいと思ったことはある。でも、上が姉で下が妹だったら、男は自分だけとなって寂しい。やはり下は弟で良かった。

 

我が家は転勤族家庭で、僕は小学校の時に3回転校した。その時には弟がいることで本当に助かった。年齢は3つ違えど、同じ転校生同士。そういう存在がそばにいるだけで不安が紛れた。妹だったら「守ってあげなきゃ」みたいな気持ちになったのではないかと思う。男は女を守りたいと思いがちだからだ。兄としては、弟でもそう思うべきなのかもしれないが、僕は彼を対等の同士だと思っていた。

 

長子でなくて良かったと思う。僕はリーダーになりたくない。数年前、父が交通事故で重傷を負った時、保険会社との折衝に当たったのは母と姉だった。その時の姉は何とも頼もしく見えた。僕は一切何もしないで良かった。

 

この先、両親の介護の問題などが出てくるだろうが、姉がいると思うだけで心強い。僕は率先して何かをするのが苦手だから助かる。

 

リーダーになりたくない。率先して何かをするのが苦手。こういう性格は、姉がいるために形成された可能性もある。姉がいつも手助けしたことによって、自立心が乏しくなってしまったのかもしれない。記憶にないので推測だが。

 

姉の前では、少し緊張する。怒られそうな気がするのだ。僕は社会に適応できず、あまり働けない。彼女を前にすると、そこを指摘されるのではないかとビクビクしてしまう。

 

姉は歯に衣着せぬタイプで、相手の非を指摘する時は容赦ない。グサッとくることを臆面もなく言う。優しくない。といって意地悪でもない。あまり人の気持ちに構わない感じ。よく言えばクールということになるか。

 

一方、僕は人に物をはっきり言えないタイプだ。誰かを否定する時には、目をそらし、苦笑いのような微妙な表情を浮かべて、遠回しに言う。人に向かって怒りをぶつけようとすると、涙が溢れそうになり、喉が詰まって何も言えなくなってしまう。そうならないように、笑うのだ。

 

何をするにも、そばにいる人に「これでいいの?」と確認しないと不安で進めない。思春期以降は、その役目が本やネットになった。情報や知識の収集に余念がなく、勉強家のように見えるが、根底にあるのは不安だ。母親に「どうしたらいいの?」と尋ねる代わりに、本の著者やネットの書き込みに委ねるようになっただけだ。

 

***

 

人の性格は、親のきょうだい構成にも左右されるという。父は5人きょうだいの末っ子で、母は一人っ子だ。

 

父には兄と姉が2人ずついる。末っ子だから甘やかされたみたいだが、頼りない感じはない。ただ、わがままな感じはする。すぐに機嫌が悪くなるのであきれる。

 

機嫌については母も同じだ。両親2人とも、突然機嫌が悪くなる。僕が他人に対して距離を置きがちなところがあるのは、このせいかもしれない。人はいつ豹変するかわからないから、深入りするのはやめておこうと歯止めがかかる。

 

そういえば、姉も弟も人付き合いの範囲が狭い。

 

***

 

まあこんなところだ。まとめると、きょうだいがいてよかった。特に姉と弟がいてよかった。真ん中っ子の男として育って、何の不足もない。

 

長男というのが少し重荷だが、第二子だから、プレッシャーがそれほどない。責任が生じても、長子の姉と分散できる。そこが気楽でいい。その上、弟もいる。真ん中っ子で良かったと思う。

 

姉は結婚して子供もいる。弟は一人暮らしで経済的に自立している。僕だけが実家で親のスネをかじり続けている。「真ん中っ子は自立心がある」などと言われるが、僕には当てはまらない。

 

あと「姉がいる男は異性にモテる」という説もあるが、これも僕には該当しない。異性と付き合ったことがない。姉も弟もそうじゃないのに、僕だけがこんな感じだ。

 

ここまで、女男男の真ん中っ子本人が、自分なりにきょうだいとの関係を分析してみた。一つの例として参考にしてもらえたら嬉しい。


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ビートルズは心の支えだった

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(画像はフリー素材)

 

高校1年の冬にビートルズが好きになった。2002年1月のことだ。ベスト盤「ザ・ビートルズ1」を聴いたのがきっかけになった。

THE BEATLES 1

THE BEATLES 1

 

 

中学の英語教師が授業中に曲を聴かせてくれた。その時から気になっていたのだが、店頭で見かけるまで忘れていた。

 

最初に好きになった曲は「デイ・トリッパー」。ギターリフにしびれた。次いで「シー・ラヴズ・ユー」。若々しさが溢れていて、明るい曲なのに胸にしみた。サビのドラムが癖になった。

 

僕は高校1年の夏休み明けから不登校になった。親の圧力で秋から復帰するも、学校生活が辛くて仕方がない。そんな中で出会った夢中になれる音楽だった。

 

洋楽については、中学生の頃から聴いていた。カーペンターズとサイモン&ガーファンクルだ。また、邦楽ながら全編英語で歌うゴダイゴも愛聴していた。ビートルズにハマる準備は整っていた。

 

ビートルズは広く聴かれているが、ベスト盤だけで終わってしまう人も多い。僕がそうならなかったのは「オール・マイ・ラヴィング」のおかげだ。

 

中学の英語教師が聴かせてくれて好きになった曲だった。ところが「ビートルズ1」には、この曲は収録されていない。歌詞カードの広告欄を見ると「ウィズ・ザ・ビートルズ」というアルバムに収録されていると書いてあった。こうしてオリジナル・アルバムを聴くことになった。

ウィズ・ザ・ビートルズ

ウィズ・ザ・ビートルズ

 

 

聴いた結果、何ということだろう。「オール・マイ・ラヴィング」は3曲目なのだが、それ以上に2曲目の「オール・アイヴ・ガット・トゥ・ドゥ」が心にしみた。4曲目の「ドント・バザー・ミー」は「俺にかまうな」という意味で、まさに当時の自分の心の声だった。13曲目の「ノット・ア・セカンド・タイム」も何というか、しみじみとした切なさがあって大好きになった。

 

総じて「ノリノリなのに切ない」という感じを受けた。思春期の心はいつもブルーで灰色だ。それでいて、何事にも性急さを求めるので、のんびりとした音楽なんぞ聴いていられない。そんな心の求めに、アップテンポなのに物悲しいビートルズサウンドは合致した。

 

ビートルズが大好きだということが心の支えになっていた。高校生の頃は、生きているのが辛くてよく死にたくなったが、マンションの屋上から下を見て「死んだらビートルズが聴けなくなる」と気付き、思い止まったりした。生きたいという思いを確認したくて屋上に行っていたようにも思う。

 

ネット上で、何かが好きでたまらないことをアピールする書き込みを見かける。年が若いほどそういう傾向があるように思う。僕はそういうのを見ると、何だか居心地が悪い。好きという感情は好ましいけど、あんまり「好き好き」言うのは取り乱しているのと同じで、みっともないと感じる。

 

でも、そう感じるのは僕が年を取ったせいかもしれない。つい数年前までは、そんなことは思わなかった。自分が何かを好きであることだけが大事で、その姿が外からどう見えるのかなど興味がなかった。

 

いいか悪いかという問題ではなく、若者とはそういうものだということに過ぎないのかもしれない。

 

そもそも、何かが好きということを人にどう思われようと、どうでもいいことだ。好きなことは生きる力になる。青春時代は辛いことばかりだから、つい死に誘われがちだ。好きでたまらない何かを心の支えにして、何とかその危機を乗り切ってほしい。


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尿管結石は痛かった

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正午過ぎ、右腰の激しい痛みで目が覚めた。

 

2015年7月のことだ。僕は29歳11ヶ月。その日は明け方に寝て、午前10時頃に一度便意を催して床を出た。下腹部にガスがたまっている感じ。トイレで息んだが何も出なかった。再び就寝。

 

そして先述の腰の激痛だ。刺すような痛みではなく、圧迫されているような痛さ。これが延々と続く。呼吸もままならない。何とか寝室を出て、居間にいた両親に症状を訴える。車で病院に行くことになった。しかし我が家には車がない。母が近所に住む姉に電話した。

 

ところが姉はすぐには来られない状況だった。結局車に乗れたのは激痛が始まってから3時間以上後だった。その間、僕は救急車を呼んでほしいと母に訴えたが「救急車ではどこの病院に連れて行かれるかわからない。入院することになったら近場のがいいから」と退けられた。

 

姉の到着を待っている間が本当に辛かった。痛みそのものも大変なものだったが、迎えがいつ来るかわからないという状況が精神的に辛かった。何の病気かもわからないから、姉を待っている間に死ぬのではないかという不安とも闘わねばならなかった。

 

痛すぎて歩けないので、家から車までは母に背負われた。29歳にもなって、60過ぎの母におんぶされることになるとは思わなかった。身長も僕のが高い。体重が50キロにも満たないガリガリ体型であることが役に立った。

 

そして近所の大学病院へ。車内でしばらく待たされた。この間も痛みは引かない。ただ姉が話し相手になってくれて気が紛れた。駐車場から病院までの間も、母に背負われた。病院に着いてからの移動は車椅子。吐き気もあり、廊下で戻すかと思った。

 

まずレントゲン撮影をおこなった。

 

次いで採尿。自分でできる状態ではない。その場で導尿ということになった。陰茎にチューブ(カテーテルという)を「ブスッ」と刺される。麻酔なんてしない。かなり痛かったが、それ以上に腰の方が痛かったので、それほど鮮明には覚えていない。

 

腰の痛みについては、座薬を入れられて楽になった。

 

診断の結果は、尿管が細菌感染したことによる痛みか、右の腎臓にあった結石(3ミリ)が尿管を通った時の痛みだろうということだった。

 

その後、説教された。「病院に来る時は、まず担当の医者がいるかどうか電話で確かめてくれ」とのこと。僕は「痛くてそんな余裕がなかった」と答えたが、「あなたはもう大人なんですから、それぐらいできるはずです」とピシャリ。弱り目にたたり目だ。

 

点滴を1時間半受け、20時頃に帰宅。処方箋はなし。その頃には歩けるようになっていた。ところがしばらくするとまた激痛が来た。姉からもらった痛み止めを飲んでしのぐ。その後、数時間おきに激痛で目が覚め、その日はろくに眠れなかった。

 

その頃の僕は、尿管結石がどういう病なのかわかっていなかったので、「全然治ってないじゃないか」と医者を責めたい気持ちになった。

 

後日改めて病院に行き、詳しい説明を受けることができた。尿は腎臓でつくられて、尿管を経て膀胱に至る。結石も腎臓でつくられ、同じルートをたどる。しかし尿管は細いので、結石が通ると詰まる。すると尿が流れにくくなり、圧迫されて腎臓がある腰のあたりが痛む。痛みがなくなるのは、結石が尿と一緒に排出された時。こういうことだった。

 

ここでようやく1ヶ月分ぐらいの痛み止めを処方してもらうことができた。

 

それ以降は普通に過ごした。10日後に石が排出されたのだが、それまでに何度も激痛に襲われ、そのたびに痛み止めでしのぐ日々だった。

 

石が出た後、病院に行って再度レントゲンを撮ったら、左側の腎臓にも石があるとのこと。前回は3ミリだったが、今度は7ミリとの話。何ということだろう。なお、こちらは2年経った今でも排出されていない。爆弾を抱えている状態だ。

 

今頃になってこの話を書いたのは、最近どうも尿管結石の予兆らしき症状があるからだ。左脇腹と左腰が痛い。また上記のような激痛と戦うのかと思うと怖い。

 

結石患者は夏に増える。今ここを読んでいるあなたが、突然腰の激痛に襲われたら、結石かもしれない。血尿が出たり、嘔吐したり、気絶する人さえいるほどの痛みに見舞われる。そして1度罹患すると、数年以内に半数は再発する。

 

しかし男性の10人に1人(一説には7人に1人)はかかるポピュラーな病だ(女性は25人に1人ぐらい)。辛いけれども、仲間がたくさんいるというのは救いだ。また、結石で死んだ人はいないという事実にも慰められる。


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僕のツイッター生き残り術

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有名人にリプライを送ったらブロックされた。

 

こういう証言ツイートが人気を博し、ブロックした有名人を貶すコメントが集まる。そんな光景を何度か見た。

 

あまりにもひどいリプライなら送った方が非難されるが、ブロックした有名人側が攻撃の的になることも多い。「スルースキルがない」「都合の悪い言葉は見ない」等々。

 

でも不快なことを言ってきた人をブロックするのは自然なことだと思う。だいたい、どうしようと相手の自由ではないか。非難する人は誰もブロックしないんだろうか。僕はひどいツイートをしてる人を見かけたら、当局に報告した上でブロックしている。その後にどのような処置が取られているのかは知らない。確かめたことがない。

 

その人がお咎めを受けたり、ツイートが削除されたりするかどうかはあまり問題じゃない。ブロックすることで「あなたのツイートはブロックされるほどにまずい」という意思表示をしたいのだ。相手に対する効果は一切ないかもしれないけど、自分自身のために意味のある行為なのだ。自己満足だと言われれば、まったくその通り。でも自己を満足させることは、僕にとっては重要なことだ。

 

***

 

あなた自身が攻撃された場合は、その人のツイートをさかのぼってみるといい。暴言を吐いてきた人は、確実に以前から暴言を撒き散らしている。あなただけに腹を立てたのではなく、誰かれ構わず当たり散らしている人なのだ。過去のツイートを見てみるだけで、気持ちが落ち着くと思う。

 

僕がツイートするにあたって気を付けているのは、相手を攻撃しないということ。あるツイートを見て不快になった時、そのツイートの主を攻撃するといざこざが起きる。だから基本的に不快だった時には、自分が不快だったという気持ちだけを書く。

 

リプライや引用RTで「あなたのツイートを読んでつらかったです」などと書いては攻撃になる。普通のRTなどもせず「○○と書いている人がいたんだけど、そんなこと仕方がないじゃないか。つらい」などとつぶやく分には、相手から攻撃されることはない。されたところで、引き続き独白として「つらい」と言っていれば、ケンカに発展することはないだろう。

 

相手はむしろ反撃を期待している場合がある。漫画やテレビドラマなどで見かける不良高校生は、心の空虚を埋めるために人を殴る。殴られたいから殴っている面がある。殴り合いになることで、その間は心の虚しさを忘れられるから。

 

かくして僕は、不快なツイートに対しては攻撃するのではなく、つらさの吐露にとどめている。他者への攻撃は二次的な欲求で、本当の気持ちは「自分が傷つけられて不快」ということ。相手を攻撃しても面倒が起こるだけで、いいことがない。

 

もちろん、何もツイートしないのが一番安全だ。またはネガティブなツイートは一切無視して、アニメ「けものフレンズ」に出てくるキャラクターのように「すごい」や「楽しい」だけツイートする。それで満足できる人は、もちろんそれでいい。

 

でも、僕はそうはいかない。生きづらさの吐露で人と繋がりたい。今回の記事は、そういう僕みたいなタイプのフレンズに向けて書いた。


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サウナ初心者、サウナへ行く

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(画像はフリー素材)

 

6月27日の夜、サウナに行った。

うまく働けない僕のロールモデルであるphaさんの新著『ひきこもらない』で、サウナが絶賛されているのを読んで触発された。

ひきこもらない (幻冬舎単行本)

ひきこもらない (幻冬舎単行本)

 

 

サウナに入るのは数年ぶり。前回の記憶はほとんどないが、風呂から上がるとすごく疲れてダルかったことだけは覚えている。

 

それにしても熱かった。室温90度。鼻から息を吸うと熱い。口で息を吸うと渇く。どうやって呼吸したらいいんだ? 足元が熱くて立っていられず、歩くのも難儀する。5分が目標だったが、すぐに辛くなった。でも我慢。頭からも体からも、汗がダラダラと流れる。

 

次いで水風呂に入った。水温は20度だが、氷水のように感じられた。何とか1分ほど入り続けたのち、露天風呂の脇にあるベンチを目指した。ひどい動悸とめまいに襲われて、歩くのもやっとだった。座るや否や、目の前の景色が下から上に何度もスクロールした。壊れたテレビのようだった。気を失うかと思った。

 

幸い、5分か10分かしたら収まった。すると、また汗をダラダラとかきたくなった。汗をかくことはあんなに気持ちいいものだったのか。吸い込まれるように、もう一度サウナへと向かった。

 

今度はなかなか汗が出ない。熱さも平気になっていた。7分ぐらいでようやく上半身から汗が噴き出してきた。下半身からは、なかなか汗が出なかった。今回は10分で退室。

 

水風呂には2分入った。前掲のphaさんの本に、サウナ・水風呂・休憩の割合は「5:1:5」がいいと書いてあったからだ。サウナが10分なら水風呂は2分になる。

 

しかし水風呂2分は長かった。1分半ぐらいで寒気がしてきた。

 

そしてまた外のベンチで休憩。やっぱりめまいと動悸がする。ただし先ほどよりはマシだ。収まるとまたサウナへ。結局3セットくり返した。

 

***

 

風呂から出ると、やっぱりすごく疲れていた。以前もそうだったが、僕はサウナに入ると疲れるようだ。それでいて、夜はなかなか眠れない。phaさんは一発で体調が良くなったみたいだが、僕はそんなでもなかった。翌日から体調が良くなったわけでもない。

 

でも、あの汗をダラダラかくのはいい。座ったままで汗を滝のようにかけるというのは嬉しい。

 

なお、今回訪れたのは「所沢温泉 湯楽の里」。ここのサウナは広くていい。西武新宿線の新所沢駅から路線バスで行ける。自転車でも20分ぐらい。入湯料も640円(会員料金)と貧乏人でも手が届く。月に1度ぐらいならいいかなと思った。

 

埼玉県所沢市の天然温泉施設「所沢温泉 湯楽の里」


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ポスティング実践編 ~チラシは家で組む。徒歩より自転車~ 

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6月某日の昼下がり。日は薄雲にさえぎられて柔らかで、蒸している。

 

リュックサックとトートバッグ2つにチラシを目一杯詰めて出発。この日は小冊子が200あり、それが重くてかさばった。

 

前回は徒歩だったが、今回は自転車のカゴに載せて配布した。そうしないと無理な量だった。チラシが6種類もあったので、それらを荷台に広げてセットを組んだ。4時間ぐらいかけても終わらず、日が暮れてしまった。

 

チラシは徒歩の方が配りやすい。しかし自転車の方が体の負担は小さい。重いチラシの束を持たないでいいからだ(カゴに載せれば済む)。ただし自転車を小刻みに駐輪する負担はある。どちらがいいのかは人によるだろう。

 

それから、チラシは自宅で組んでから配布したほうがいいと思った。

 

チラシを組むことについて説明する。ポスティングでは数種類のチラシを配る。4種類あるとして、それぞれA・B・C・Dとする。これらを小脇に挟んで配布エリアをまわり、ポストの前で1枚ずつ抜いてABCDのセットを作り、投函するスタイルがひとつ。

 

もうひとつが、ABCDのセットを全戸分、家で組んでクリアファイルに入れ、それを小脇に挟んで配っていくスタイルだ。僕の場合、はじめは前者でやっていたのだが、効率が悪いと感じたので、後者にした。

 

実は、チラシを自宅で組んでから配る方が、トータルの労働時間は増える。家だと急ぐ必要がないからペースが落ちるのだ。外で組む場合は、人の家の前ということもあり、嫌でも動きが早くなる。だから、これもどちらがいいかは人による。

 

外で組むことの問題点として、風の影響がある。ちょっとの風でうまくチラシを扱えずに苦労する。また飛ばされてしまうと面倒だ。そういうわけで、僕は家でチラシを組むことにした。

 

***

 

チラシを組んでから配れば、2時間半ほどで終わる。途中にベンチが2か所あるので、そこで休憩する。1か所は小さな公園だ。いつもは誰もいないが、先日は女子中学生が座っておしゃべりしていた。どうしようか迷ったものの、少し離れた別のベンチに座った。これで彼女たちがすぐにいなくなったら悪いなと思ったが、そうはならなかった。もし逃げられていたら、自分はそんなに怪しい風体なのかと傷つきもしただろう。おしゃべりを続けてくれて良かった。

 

もうひとつの方のベンチは、きれいで座り心地も良い。ただアパートの横に置いてあるので、住人専用なのかもしれない。注意される可能性もあると思いながら数分ほど腰を掛けさせてもらっている。でも、これで注意されたら世知辛いよな。いつも誰一人座っていないんだから。

 

まあ、そんな感じで週に2回ほど配っている。

 


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ポスティング初日と挨拶嫌い

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6月某日。ポスティングA社の研修。スタッフが付いてきた。効率的な配り方などを教えてもらい、30分ぐらいで終了。残りはひとりで配った。担当地区は400戸ぐらいで、計2時間半ほどで終えた。以前にメール便を配っていた地域だったから、この程度で済んだ。知っている街だから迷うこともない。それほど疲れなかった。チラシは1種類だけで、報酬は500円弱。

 

翌日。ポスティングB社の研修。こちらはスタッフが配り終えるまで付きっきりだった。前日と同じ400戸程度だったが、知らない地域だった上、チラシが3種類あったため、4時間半ぐらいかかった。とても疲れた。報酬は2000円弱。

 

ポスティングをやっていて一番辛いのは、庭先に住人がいる時だ。「チラシを配ってもいいですか」と尋ねなければならない。A社の時は、スタッフがいる時だけ実践した。ひとりになってからは、住人が庭にいる場合は配らなかった。とにかく人と関わりたくないからだ。僕は人と関わると猛烈に疲れる。

 

しかしB社の方はスタッフが付きっきりだったから、住人と会うたびに挨拶をした。挨拶が死ぬほど嫌いなので本当に辛かった。でもこれからはひとりで配るのだ。もう二度と挨拶はしたくない。挨拶をすると、その場で倒れ込みたくなるほどに疲れる。挨拶は拷問のようだ。

 

まあ、いないと思って配ったところに出くわしてしまった場合には挨拶をする。しないとクレームになるからだ。僕にとって挨拶というのは、怒られないためにするとても消極的な防御だ。関ヶ原の戦いで周囲を囲まれた島津軍は、前方に突撃して逃げたらしいが、僕にとっての挨拶はそんな感じだ。「窮鼠猫を噛む」の心理状態で、積極的な意味はまったくない。他に逃げる手段がない場合の最後の手なのだ。したがって、ただただ苦痛な習慣でしかない。仕事が辛いのは、挨拶が辛いからだと言ってもいい。

 

挨拶というのは、必ず演技をしなければならない。会いたくない、見たくない、関わりたくない人に、均等に、ロボットのように、誰に対しても同じ調子で声をかけなければならない。あまりにも無理がある。

 

しかし、街で大勢の人とすれ違うのはあまり苦じゃない。その人たちとは関わらないでいいからだ。人がいても、関わらないでいいのなら疲れない。誰かが自分の近くにいるのは不快だが、挨拶に比べれば楽だ。挨拶をせねばならない間柄の人と会ってしまった時、僕はその場で消えてなくなりたい気持ちになる。それをこらえて平静を装って挨拶をするのだから、疲れるわけだ。

 

ただ、仲のいい人と会う分には苦は少ない。その日の最初の出会いは苦しいが、職場や近所の人と会った時に強要される挨拶と比べると、その先に楽しい会話が待っているため、それほど苦しまずに乗り越えられる。

 

***

 

それはさておき。

B社の研修の翌日に、A社のポスティング(2日目)を実施した。前日の疲れが取れておらず、またチラシも研修日の4倍ぐらいになっていて、非常に辛かった。リュックを背負う時、後ろに倒れそうになるぐらいだった上に、30度を超す炎天下だ。辛かった。報酬は2000円弱。

 

その日は夕飯を食べてすぐに寝た。12時間以上寝たが疲れが取れず、更に昼寝をしなければならなかった。

 

この先も続けられるのだろうか。それはわからない。そもそも、続けたくもない。消去法でやっているだけだからだ。

 

挨拶の苦痛が少ないので、他の仕事に比べると、心の消耗は少ない。人と関わるだけで身も心も削り取られていく僕のようなタイプには、マシな仕事かもしれない。


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