30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの33歳。働けない、稼げない、人と接するのが苦手、実家ぐらしが苦しい。noteで1日1記事投稿しています→https://goo.gl/Jrkznz

無理せず人と関わっていきたい

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2018年4月にポスティングを辞めてから、ほぼ1年がたった。この間、特に職には就かなかった。

 

現代日本では、学校や職場以外の人付き合いが乏しい。それらから離れた途端に人とのつながりがなくなる傾向がある。僕も例外ではない。

 

しかし元々人と接するのがつらい人間なので、既存の団体に入っていくことは難しい。そこで、自分でイベントを開いてみた。しかし4回やったところで疲れてしまった。イベントの主催はしんどいということがわかった。

 

何がしんどいのか。特定の時間に特定の場所に行かなければいけないことだ。前日から憂鬱で仕方がない。当日は何時間早く起きても、時間を守ることが苦痛すぎて、本当にギリギリにならないと動き出すことができない。しばしば吐き気やめまいが起こる。体が人と会うことを拒んでいる。

 

こんな具合だから、人と会う前から疲れ切ってしまい、会場に着く頃には、戦を終えた兵士のようになっている。

 

***

 

僕が開いたのは「もくもく会」というイベントで、喫茶店等に集まって、それぞれが自分の作業をするだけの会だ。人と話す必要がない。

 

それでも僕にはきつかった。他人が近くにいるだけで緊張し、意識がそちらに行ってしまう。ノートパソコンを持参して記事を書いていたが、気が散ってしまい、効率は非常に悪かった。 

 

近くに人がいても、無関係の人間ならそれほど気にならない。しかし僕のイベントに来た人は「関係しなければいけない人間」だ。意識を向けずにはいられない。それで消耗してしまった。

 

人と接することがつらい。できないわけではないが、負担が大きいので、続けることが難しい。

 

***

 

去年の11月から、鶴見済さんが主催する「不適応者の居場所」という催しに行くようになった。20人から30人もの人が一室に集まってダベる。椅子や机はなく、地べたに座る花見のスタイルだ。

 

数グループに分かれて、それぞれが好き勝手に話しているだけなので、部屋の隅で眺めているだけでもいい。輪の中に入って、聞き役に徹するのもいい。グループの中にいるだけでも孤独感は紛れるものだ。

 

いい居場所に巡り会えたと思う。ただ、ここだけでは足りない。居場所がひとつしかないと、それがなくなったり、嫌になったりした時に困る。

 

しかし、ここの居心地の良さを味わってしまってからは、自分でイベントを開催する気力がなくなってしまった。

 

イベントの主催を苦しみながらも続けられたのは、孤立を避けたいという思いが強くあったからだ。ところが今や居場所を見つけた。それでもう頑張れなくなってしまった。

 

どうしたものか。苦しくてもイベントの主催を続けたほうがいいのだろうか。そうなのかもしれないが、もう苦しい思いはしたくない。これからは、無理をせずに人と関わっていきたい。


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社会不適応者だから英語を学ぶ

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僕は社会に適応できない。そこで英語の勉強を始めた。

 

現在の僕は無職で、ほとんど引きこもっている。ヒマだがお金もないので、1日の大半をウェブサイトの閲覧に費やしている。

 

しかし現状では日本語のサイトしか読めない。英語のサイトも読もうとはするが、すぐに投げ出してしまう。ほとんど理解できないからだ。翻訳機能も使うが、非常にわかりにくい和訳なので、やはり挫折する。

 

ある問題に対して、自分の意見は賛成なのだが、ググると反対意見しか出てこないということがある。こういう時は悔しい。

 

しかしそれは人類の総意ではない。なぜそう言えるか。日本語の書き込みしか読んでいないからだ。日本語を使うのはほぼ日本人だけなので、僕が読んだのは日本人の意見に過ぎない。

 

しかし英語の書き込みを検索すれば賛同者が見つかるかもしれない。日本語の書き込みだけを見て「人間はこうだ」と判断してはいけない。それは自分のクラスだけが世界のすべてになっている小中学生みたいなものだと思う。

 

日本にも無数の社会がある。ある社会での常識が別の社会では非常識だったりする。だから、自分が所属する社会に適応できないのなら、そこから離れるだけで生きやすくなることもある。会社員から自営業に転じる、都会から田舎に引っ越す、など。

 

しかし日本に住んでいる限り、日本社会からは逃れられない。引きこもっていても、ウェブサイトを見てしまえば常に「日本人の常識」が目に入ってくる。

 

たとえば「○○するのが社会人として当然」といった表現がある。「社会人」で始まる文は基本的に説教であり、人に我慢を強いる内容だ。「社会人」の文字を見たら何らかの否定が始まると見ていい。否定表現の枕詞と言える。

 

そしてこの「社会人」なる言葉は日本語特有のものと言われる。つまり日本語の文章を避ければ、この言葉から始まる説教にも出くわさないで済む。

 

自分の雇用形態が「非正規」であることで差別される現象は万国共通ではない。「非正規で働き続けることがどれだけ損か」「非正規のあなたは正社員にならないといけない」といった説教が溢れかえっているのも、日本語のサイトだけと言える。

 

日本語のサイトはほとんど日本人が書いている。しかし英語のサイトは違う。西洋人だけでなく、アジア、アフリカ、中南米など、あらゆる地域の人が書いている。英語が読めれば、文字通り世界中の人の書き込みが読める。それらを読んでいる間は日本社会から逃避できる。日本語のサイトを避けることで、日本社会の病から距離を置けると思うのだ。

 

英会話など、それほどしたいと思わない。ステレオタイプのアメリカ人みたいな陽気人間にもなりたくない。西洋人が特別に素晴らしいとも思わない。

 

僕は日本社会から逃れたいのだ。ネットを見ている間だけでも日本社会を忘れたい。しかし日本語のサイトには日本社会が詰まっている。僕には日本社会から離れる時間が必要だ。

 

だから英語を勉強している。英文が読めるようになって、英語のサイトに浸って過ごせるようになりたい。  

 

***

 

この記事は下記のラジオで話したことを元に書いた。動画の後半では具体的な勉強法についても語っている。

 

*** 

 

【ネット上での活動】

note:https://note.mu/agimuse/m/m473817a36ecb

ラジオ:あぎるラジオ - YouTube

ツイッター:https://twitter.com/agimuse


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「不適応者の居場所」に参加した感想

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「不適応者の居場所」という催しがある。主催者は鶴見済さん。2018年11月に第1回、翌月に第2回が開かれた。会場は東京・高円寺。

 

催しの存在を知った瞬間に行きたいと思った。しかし同時に迷った。僕は自分の楽しみのために行動することが苦手なのだ。「勉強になるから」「将来の役に立つから」といった理由がないとなかなか動けない。

 

結局参加することにした。決め手となったのは鶴見さんのこの言葉だった。

『0円で生きる』に「あえて二人以上の人が集まってやることは助け合い」と書いたとおり、この集まりも、単に会うことでギブアンドテイクが成立して各々が生きやすくなる、という助け合いだと思ってます(もちろん全然話さなくてもOK。聞いてくれているだけでも、相手に何かを与えてます)。

http://tsurumitext.seesaa.net/article/462398779.html

 

単に会うだけで「助け合い」になる。「ギブアンドテイク」が成立する。素晴らしいと思った。

 

***

 

初回はなじめなかった。

 

部屋には30人ぐらいいた。カーペットにじかに座る花見のスタイルだ。いくつもの小さなグループができていて、それぞれが雑談している。そうした集団に入る勇気がなくて、出口付近でポツンと座っていた。それもしんどくなったので、10分ぐらいで帰ってしまった。

 

僕はこの会には合わなかった。「不適応者の居場所」にも不適応だった。また開催されることがあっても、もう来ることはないだろう。

 

そうツイキャスで話したりツイッターでつぶやいたりした。すると鶴見さんの目に止まったようで、DMをいただいた。

 

僕の存在には気付いていたが、そっとしておいて欲しい人もいるのであえて話しかけなかった。来月以降も開催するので、また気が向いたらお越しください。

 

こういった内容だった。次回は人数も減ると思う、とも書いてあった。この気遣いに心を打たれ、もう一度行こうと思った。

 

翌月、第2回に参加した。会場のドアを開けると、確かに前回よりは少ない。20人ぐらいだったろうか。数えていないので正確な数はわからない。

 

この時はまず鶴見さんのところに行った。僕が「もくもく会」を開いていることをご存知で、それについて尋ねられた。

 

話は趣味の方面にも飛び、ビートルズの話で盛り上がった。

 

 「不適応者の居場所」という名の催しだが、「自分がいかに不適応か」みたいな話はあまりしなかった。音楽だろうが映画だろうがスポーツだろうが、自由に話をすればいい。そういう場所だった。

 

もちろん「どう生きたらいいのか」という話もいい。僕も今度行ったらそういう話をしたい。

 

良くなかった点は、酔っ払って意味不明なことを話しかけてくる人がいたこと。酔っ払いが嫌いであることは以前書いた。

 

その酔っぱらいに「酒飲まないの?」「酒あるよ」みたいなことを言われてカッとなり「飲みません! 酒は嫌いなんです!」と突っぱねた。

 

「しまった」と思った。その人に対してはそれでよかったかもしれないが、気持ちよく酒を飲んでいる人も多い場なのだ。酒そのものに対する否定的な発言はすべきではなかった。

 

鶴見さんも反省点として迷惑な酔っぱらいの存在を挙げていて「次回からはもっときちんと対応したい」と書いていた。

 

開催は月に1度で、日程は鶴見さんのブログで告知される。ツイッターでも知らせてくれる。

 

次回の開催は1月11日だが、僕は参加するかどうかわからない。今月は何度か人と会う予定があるからだ。対人エネルギーが回復していない場合は行かない。

 

会場が中央線で、西武線在住の僕には少し行きづらいという事情もある。「気が向いたら行く」というスタンスだ。


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バイトを1日で辞めた

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バイトを1日で辞めた。今からその顛末を書いていく。

 

11月13日

アルバイトの求人に応募した。働きたくなかったが、親にお金を借りることがしんどくなってきたのだ。ポスティングを辞めたのが4月15日だから、無職期間は7ヶ月に及んでいた。

 

選んだのは運送会社の仕分けの仕事。大学生の頃に経験があったので「まあいいだろう」と思って応募した。年末までの短期だ。

 

短期のいいところは、ゴールが見えるところだ。そこまで我慢すれば辞められると思うと力が湧く。期限のない契約だと、無期懲役のように感じられて無気力になってしまう。

 

11月15日

面接を受けた。会社に到着すると、アジア系外国人があっちこっちにいる。耳馴染みのない言語が飛び交っている。不安になった。

 

11月16日

会社から電話があった。採用とのことだった。

 

別に嬉しくはない。イヤイヤ応募したのだから。そもそも短期の大量募集は基本的に全員採用だ。こうなることはわかっていた。

 

僕はイヤなことをせずにお金を得る方法を知らない。お金を得るには必ず苦痛が伴う。悲しいことだ。この仕組みに抗えず流される時、生まれたくなかったなと思う。

 

コンビニで保険証や銀行通帳をコピーした。会社に提出するためだ。

 

11月17日

会社に手続きに行った。マンション内で挨拶事件があった日だ。

会社のテーブルには書類が何枚も置いてあった。一枚一枚、名前を書いては印鑑、名前を書いては印鑑、名前を書いては印鑑、印鑑印鑑印鑑印鑑……。ウンザリした。何とかならないものか。

 

トレーニングシート(?)とやらもあり、受講してもいない項目が何十個も並んでいる。これらにレ点を入れていけと言うのだ。なんて馬鹿らしい作業なんだと思った。形式主義ここに極まれり。

 

実際は先頭にレ点を入れて下に棒線を引っ張ればいいと言われたため、すべてにレ点を入れる苦行は免れた。しかしそれはそれで、より無意味さが増したように思えた。

 

11月21日

19時から20時頃まではオリエンテーション。20時から22時までは労働。

 

いわゆるラインでの仕分け。ローラー上流から流れてくる荷物をカゴに積んでいく。軽いものから重いものまで様々。単調な作業なので退屈で、なかなか時間が過ぎなかった。

 

途中で喉が渇いたが、水分補給していいのかわからなかったので、ひたすら耐えた。1時間30分してから、ようやくヒマができたので尋ねてみた。「自由に飲んでいい」とのことだった。

 

それは助かる。しかし嬉しくはない。この現場には「水を飲んでいいのですか」と聞かなければいけないような空気が漂っているということなのだ。

 

それに、水を飲んでいいことが判明するまでの1時間半、水分補給できなかった恨みは残る。だから労働はイヤなのだ。改めてそう思った。

 

22時に仕事を終え、タイムカードを通す。長蛇の列だった。安全靴を脱ぐ間もなく送迎バスに乗り込む。

 

22時10分、送迎バス発。仕事を終えて10分後にバスが出るというスケジュールはきつい。しかも満員で座ることができなかった。相変わらずアジア系外国人だらけだった。

 

11月22日

バイトをやめることにした。怒鳴られたわけでも、作業がすごくつらかったわけでもないが、もうあそこには行きたくないという思いでいっぱいになってしまった。翌日もあそこに行くのかと思うと憂鬱でたまらない。

 

この日は起きてからずっと無気力で、何もできなかった。明日の出勤に対して頭と体が「NO」を突きつけているのだと思った。

 

イヤなことを続けても仕方がない。退職してまた別の仕事をやろう。トライ・アンド・エラーだ。1日働いたのだから意味はあった。

 

これからは単発派遣をやっていこうと思った。夜勤で8時間働けば、それだけで1万円ぐらいになる。月に2万ぐらいあればやっていけるので、月に2度だけ我慢すればいい。

 

本当は派遣で働くのもイヤだ。8時間も軽作業を続けるなんて苦行中の苦行だ。退屈という精神的苦痛に加えて肉体的苦痛も伴う。人間のやることじゃない。ロボットにやらせるべきだ。そんな風に思う。

 

しかし毎月親に借金する生活もイヤだ。イヤとイヤを天秤にかけて、少しでもイヤじゃない方を選ぶ。

 

11月23日

バイト先に電話して退職を申し出た。

 

辞めたいと思ったらすぐ辞めたほうがいい。在籍すればするほど辞めづらくなる。

 

僕はかつて軽作業バイトを2年間続けたことがあった。たしかにお金は貯まったが、あの頃にはもう戻りたくない。夕方3時間だけの仕事だったが、残りの時間も仕事のことが頭から離れず、暗い気持ちで過ごしていた。

 

経済的には安定していたが、振り返ると「失われた2年間」という感じがする。だから我慢してイヤな仕事を続けることが良いこととは思えない。僕はそんな日々を送りたくない。

 

11月26日

会社に行って貸与されていたヘルメットと安全靴を返却した。

 

「体力的にきつい」と言って退職を申し出たため、小物やら書類整理やらの仕事はどうだと提案された。でも僕はもう辞めることで気持ちが固まっていたので、それらも受け入れず「退職します」と答えた。

 

駅までの送迎バスの発車は1時間後。会社で待っているのは苦痛なので、徒歩10分のところにあるバス停まで歩いて、そこから路線バスで帰った。

 

寂しい解放感があった。


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僕は挨拶恐怖症

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来週から労働することになった。

 

今日はその手続きのために職場に行く。集合時間は17時。もう遅刻してしまいそうだ。急いでマンションの階段を降りる。

 

下の方から人が来る気配がする。マンション内で人に会ったら挨拶しないといけない。僕は挨拶が大の苦手なので、いつも住人と会わないように気を付けて外出する。

 

でも今はそんなことをしている時間がない。正面突破しかない。感情を押し殺して「こんにちは」と挨拶する。しかし相手は挨拶を返さなかった。障害物を避けるように肩を引き、黙ってすれ違った。大柄の男だった。

 

頭に血がのぼった。こんなつらい思いをしてまで挨拶したのに無視された。許せない。悔しくてたまらない。相手の後ろ姿に向かって大きな声でもう一度「こんにちは」と言った。でも、また無視された。振り向きもしなかった。男はジャンパーのポケットに手を突っ込んだまま階段を昇っていった。

 

僕はパニックになってしまった。怒りをこらえきれなくて、入り口のドアを力まかせに締めた。大きな音が周囲に鳴り響いた。

 

声をあげて泣き出したかった。仕事に行くのがつらい。遅刻しそう。そんな時に人とすれ違い、挨拶までしなければいけない状況に追い込まれた。もういっぱいいっぱいだ。それでも挨拶はしないといけない。覚悟を決めて、やっとの思いで挨拶した。その結果、無視された。二度、無視された。

 

僕は駆け出した。遅刻しそうだったから。でも、そうでなくても駆け出しただろう。感情を抑えることができなかったから。いっそ車にはねられたいと思った。

 

挨拶は、恐ろしい。僕が挨拶を欠かさないのは、しないとどんな目に遭うかわからないからだ。怒られる、叱られる、嫌味を言われる……。これらの攻撃を避けるためには、しっかり挨拶するしかない。攻撃される前に攻撃する要領だ。

 

街で人とすれ違う時と同じように、挨拶せずにすれ違えたらどんなに楽かと思う。でもそれは無理だ。子供の頃から、マンション内で人と会ったら挨拶するようにしつけられている。しないとどんな目に遭うかという恐怖から逃れられない。

 

子供の頃に挨拶をしなかったら、親や教師から叱責される。その時の恐怖が抜けないのだ。大人になった今でも、大人からの叱責におびえている。

 

挨拶はとにかく苦手だから、視線は常に落としたままだ。だから相手の顔などは当然わからない。マンションの住人とすれ違う時には極度の緊張状態にあるので、それが限界なのだ。

 

挨拶しないと叱責される。評価が下がる。要するに罰を受ける。だからどんな形であれ、挨拶はできた方がいい。その意味では、恐怖が原動力であってもいいのかもしれない。

 

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僕は恋愛ができない

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小学5年の頃、好きな女の子ができた。いつもその子の存在を目で追いかけていた。気付かれると目を逸らした。ある時、目が合った瞬間に「ニヤリ」とされた。ドキッとした。好意がバレてしまったと思った。

 

その後、校庭でキックベースをやっている時、彼女は友達と一緒に大声で僕に声援を送った。

 

僕にはわかった。これはからかわれている。彼女は僕がドキマギするのを楽しんでいるのだ。恥ずかしいのでやめてほしいと思った。

 

転校する時、彼女は友達と一緒に我が家に来て、下敷きと何かをプレゼントしてくれた。僕は不在で姉が受け取った。その下敷きは姉にあげてしまった。

 

***

 

中学1年の頃、クラスのある女の子が僕を好きなようだった。噂が立っていたし、忘れ物をした時に貸してくれたりもした。年賀状ももらったが、返したかどうか覚えていない。

 

その年のバレンタインデーは休日だった。彼女は友達と一緒に我が家を訪れて、僕にチョコレートとクッキーをくれた。手作りだった。

 

僕は嬉しさよりも困惑した。もらうところを家族や友人に見つかったら恥ずかしいと思って、受け取るや否や、さっさと家に入ってしまった。お礼ぐらいは言ったと思うが、よく覚えていない。

 

嬉しくはあった。嬉しくて、袋やリボンをしばらくバッグに入れていた。でもお礼の手紙も送らなかった。学校でお礼を言うこともなかった。

 

それ以降、彼女が僕にアプローチしてくることはなかった。でも僕はそれを残念と思うこともなかった。

 

彼女は良い子ではあった。でも僕はどうしたらいいのかわからなかった。デートするなんてことは全然思い浮かばなかった。普段の学校生活で精一杯だった。

 

***

 

中学2年の頃の話だ。

 

給食の時間に、女子のOさんから伝言を受けた。Nさんという女子が僕に話があるというのだ。放課後に屋上の入り口に来てほしいとのことだった。給食は班ごとに机をくっつけて食べる。だからこの話は男女5~6人に聞かれている。

 

野暮な僕でもこれは告白だろうとわかった。問題はNさんという子だ。はっきり言って清潔感がない。いつも寝癖がついていて、ボンヤリしている。声を聞いたこともないぐらい誰とも話さない。

 

僕はこの子に告白されることを迷惑だと思った。

 

放課後になった。野球部に所属していた僕は友達に「グラウンドに行こう」と誘われた。しかし上記の用事があるので断った。どこへ行くのか聞かれ、僕は「Nさんに呼ばれている。屋上の入り口に行く」と答えた。

 

その友人は僕についてきてしまった。屋上に向かう階段で待ち伏せする形だ。僕は屋上の入り口で待ったが、Nさんは来なかった。僕の友人が邪魔で来られなかったのだと思う。

 

僕が毅然と「大事な話があるんだから来ないでくれ」と突っぱねれば良かったと思う。でも僕にはそれができなかった。

 

そもそも友達には適当なウソをつくべきだった。そしてしっかりとNさんに会って、断れば良かった。その日からずっと後悔の念が残った。今でも折に触れて思い出す。「しまったなあ」と思う。

 

しかし、どのようにウソをつけば良かったのか。どう考えても思い浮かばない。帰りの会が終わったらグラウンドに行く。これ以外の行動は不自然なのだ。

 

***

 

これ以降、僕には恋愛に類するエピソードはない。高校は不登校だったし、大学は教室と図書館を往復する日々だった。卒業後は仕事が苦痛で続かず、異性どころではない。

 

だからここに書いた子供の頃の話が、僕の恋愛経験のすべてだ。あまりにも乏しい。これでは女性のことなどわかるわけがないと思う。僕には女性のことを知らないというコンプレックスがある。

 

でも特に恋愛をしたいとは思わない。心の平安を乱されたくないからだ。「恋の病」に対する恐れがある。二次元キャラクターに恋焦がれてつらい思いをしたことがあり、あんなのはもうごめんだと思うのだ。

 

若い頃に恋愛に翻弄されずに済んだとも言える。消極的な性格は、自分を守る意味もある。だからこれはこれでよかったのだと思う。


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人と接するのが苦手だからこそ、イベントを主催していく

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もくもく会というイベントを主催した。

 

喫茶店などに集まって、一人ひとりが別々の作業をするだけの会だ。phaさんが始めた会で、今では日本各地でおこなわれている。

 
無職、ニート、仕事が続かない、イヤなことを我慢できない、非正規、不登校、夜型人間、神経質、心配性、不安、実家暮らしがつらい、常に体調不良、人と接するのが苦手……。
 
すべて僕のことだ。
  
こういうタイプは孤立しがちだ。人と接するのが苦手だからだ。しかし孤立すると心が追い詰められてしまう。既に追い詰められている感じがある。
 
phaさんは「集まってると死ににくい」「ニートのような弱い立場の人間ほど、仲間を作ることは重要だ」と書いている。

 

僕は弱い立場の人間なのに、人と接するのが苦手で避けてしまう。既存の集団に入ることもできない。
 
そこで「もくもく会」を主催することにした。
 
***
 
僕は人と会おうとすると緊張で体調が悪くなってしまう。

 

だからもくもく会はちょうどいい。一応は人と接するわけだが、特に会話するわけでもないので、それほど緊張しない。

 
またこの会は主催しても失敗ということがない。人が来ても来なくても、僕は変わらず作業をするだけだからだ。
 
***
 
1回目は地元所沢のマクドナルドで開催した。事前の連絡もなかったので、まず誰も来ないだろうと思っていた。そのつもりで作業をしていたらいらっしゃったので驚いた。嬉しかった。
 
2回目もまた所沢で開催。今度は事前に参加希望の連絡があったので、1回目より緊張した。それでも無事に終えることができた。
 
次は池袋で開催する予定だ。所沢では来にくい人が多いはずなので、思い切って都内の繁華街で開催することにした。

 
僕は働けないのでお金がない。だから安い喫茶店にしか行けない。そういうところは環境が悪い。騒ぎたい若者が集まってしまうからだ。でもそれは仕方がない。毎回ルノアールなどに行っていたらお金がなくなってしまう。
 
この先も毎週開催していく予定だ。基本的に所沢近辺で行い、月1で都内という形でやっていきたいと思っている。働けないけど、何とか生き残りたい。
 

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