30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。ポスティングをやめて無職になりました。

会社員になれなかっただけの無職

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会社に勤めず、すごいことをやる人がいる。社会不適合者界隈とでも言うのだろうか。phaさん、山奥ニートさん、えらいてんちょうさん、プロ奢ラレヤーさん等々。

 

僕も会社に勤めていない。会社が無理でやめた。

 

でもそれだけなのだ。僕は会社員をやれなかっただけの無職なのだ。

 

起業する気など起きない。致命的なのが、人と接するのが苦手という点だ。人に会うと疲れてしまう。ひとりになって空を仰ぐと心が落ち着く。

 

僕は弱いから、人に助けてもらわないと生きられないのに、人と会うのがしんどくてひとりにばかりなってしまう。

 

***

 

会社員ができなくて会社をおこす人、店を開く人、小屋で暮らす人、農家になる人、旅に出る人、いろいろいる。

 

僕はどれでもない。それらになる気力がない。ただ何もせずに暮らしていきたい。僕の願いは、ただ穏やかに暮らすこと。

 

お祭りもボードゲーム大会もいらない。大勢でワイワイしたくない。ひとり草むらで、風に吹かれてお茶を飲みたい。

 

***

 

ある人は言う、「好きなことをしろ」。僕の好きなことは、しなければならないこと以外のすべてだ。拘束されていない時間そのものが好きなのだ。

 

またある人は言う、「つらいことはやめろ」。僕は仕事がつらいからやめた。その結果、老いた親にお金をせびる無職になってしまった。これはこれで苦しい。

 

どうしたらいいのだろう。

 

***

 

今日も朝まで眠れなかった。外はすでに明るく、鳥の鳴き声が響いていた。この時間に活動を始められたらなあと思う。

 

たとえば大回り乗車をしに行く。朝日を浴びながら、車窓を見るともなく見てボーッとするのだ。

 

連なる山々、田んぼのあぜ道、自転車通学の中高生……。

 

でも今は出かける元気もない。近所を小一時間散歩するほかは家にいて、インターネットに埋もれて過ごしている。

 

今は無気力期だ。しんどい時期だ。しっかりと休んで、活動期が来たらあちこち出かけたい。そしていろいろ書きたい。


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上州桐生紀行

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5月5日の夜7時過ぎ、群馬県桐生市の祖母宅へと向かった。

 

まず最寄り駅の新所沢から練馬へ。そこから少し歩いて練馬区役所前バス停に行き、高速バスを待つ。新宿発・伊勢崎行きだ。定刻5分遅れで到着した。

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僕は高速バスが苦手だ。閉じ込められるのが嫌なのだ。電車ならひと駅ごとに扉が開くが、高速バスは2時間に1度ぐらいしか開かない。それがつらい。

 

トイレの心配もある。トイレ付きであっても僕は困る。揺れると用が足せないからだ。

 

乗車直前にトイレに行った。飲み物も控えた。それでも結局、車中で行きたくなってしまった。仕方がないので、ひたすら我慢した。本当に高速バスは苦手だ。

 

練馬から1時間40分、伊勢崎駅に到着した。ここはもう群馬県だ。さっさと改札を通ってトイレへと向かった。

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伊勢崎から桐生までは17分。古い車両だけあってやたらに揺れる。やたらにうるさい。地方に来たなあと感じた。

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22時30分、桐生駅着。

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ここから祖母宅までは歩いて20分ほど。何度も来ているのに迷ってしまった。高齢化が進む街ではあるが、連休中の夜ということもあって、意外と若者がいた。そういうのを避けて裏道を選んでいたら、知らないところに出てしまったのだ。グーグルマップを開いて事なきを得た。

 

23時頃、祖母宅着。4時間の長旅だった。

 

高速バスがしんどかったせいで、食欲がなかった。先に来ていた母にオレンジを用意してもらい、チマチマとつまんだ。

 

そうするうちに食欲がわいてきたのでご飯を食べた。おかずはフキの煮物や山椒。非常においしかった。僕は肉よりも魚よりも山菜が好きだ。

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(手前は大根おろし)

 

その後、風呂に入ったりして、寝たのは4時30分頃。静かな夜だった。新所沢の僕の家は大きな道路が近いため、夜でもうるさい。整備不良のバイクや、パトカー・救急車のサイレンが静寂を引き裂く。

 

しかしここは全然音がしない。遠くを走る車の音すらしない。良いなあと思った。

 

***

 

翌日は昼過ぎに起きた。夕方、散歩に行った。近くを流れる桐生川を観てきた。

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桐生には山も川もある。いい街だと思う。特に山が近いのはいい。心が落ち着く。

 

万人に薦められる街ではない。山や川なんて日本中あちこちにあるし、市街地など寂れる一方だ。

 

僕がいいと思うのは、結局、子供の頃から長期休みのたびに訪れていて、思い出がたくさんあるからだろう。祖父母が好きだったから、自然と街にも愛着を持つようになった。

 

僕は転勤族家庭で育ったから、故郷というものを持たない。桐生がその代わりになっているのかもしれない。

 

祖母は今年で85歳だ。亡くなったら、この家に住むのもいいかもしれない。

 

***

 

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男の下着・女の下着

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僕はブリーフ派だ。

 

それなのに、近頃の男性用下着売り場ときたらボクサーブリーフだらけ。僕にはボクサーの良さがわからない。太ももまで布があるのが嫌なのだ。あくまでビキニ型のブリーフがいい。

 

従来のブリーフは格好悪いとされる。ググってみると、特に女性の評判が悪い。股間が強調されるのが「無理」だとか(余談ながら、僕はこの「無理」という言葉が非常に引っかかる。言うのは必ず女性だ。「生理的に無理」という言葉を男性から聞いたことがない)。

 

「気になっていた男の下着がブリーフだったので冷めました」とかいう話もある。そんなことで冷める好意なんてあり得るのか。くだらなすぎて言葉もない。

 

別に下着は異性に見せるために穿いているわけではない。自分が好きなものを選べばいいのだ。

 

だいたい、ブリーフといってもいろいろある。白のホームベース型しか知らないで「ブリーフが嫌い」では話にならない。

 

色なんて黒やグレーやピンクなどいくらでもあるし、ストライプ柄だってある。布の面積だって、下腹部を覆わないものから、へそが隠れるものまで様々だ。

 

しかし、くりかえしになるが、男性用下着売り場にはブリーフなどほとんどない。今やボクサーブリーフ一強だ。なんて芸がないのかと悲しくなる。

 

***

 

一方、女性の下着は違う。種類が無限にある。どれもこれもカワイイし美しい。見惚れるようなデザインが多い。こんなものを着けて暮らせたら楽しいだろうなあ、と憧れる。

 

僕には女性用下着を穿いて暮らしたい欲求がある。実際に所持もしているのだが、たまに身につけて、少し堪能したらすぐタンスにしまう。男性の体に合わせてつくられているわけではないから、穿き心地が良くないのだ。日常的に着用し続ける気になれない。

 

ググってみたら、レースや花柄など、女性用下着のような魅力的なデザインの男性用下着を取り扱う通販サイトがあった。

 

これもアリかなとは思った。でもどうしても形が崩れる。男性器を収める部分が僕の美意識に沿わないのだ。これがあることによって穿き心地もよくなるのだが、代償として格好悪くなる。

 

女性物→デザインに心ときめくが、体には合わない。

男性物→体には合うが、デザインがつまらない。

女性物のような男性物→体に合うが、形に不満が残る。

 

迷うところだ。

 

現状は普通に男性用下着を穿いているわけだが、これには実家暮らしだからという理由もある。たまに穿く女性物は、家族には内緒だから風呂で洗濯している。

 

一人暮らしならこんな気遣いはいらない。シェアハウスなど共同生活なら、恥ずかしくて干せないから、男物を穿き続けるだろう。

 

穿く下着は、生活形態でも変わる。下着ひとつで、いろいろ考えることがある。

 

***

 

男女の下着についてはラジオでも語ったことがある。興味を持った方は聴いてみてほしい。

 

***

 

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一人暮らしと女装と精神解放

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一日だけ、アパートで一人暮らしを体験した。

 

そのアパートは東京都下にある。弟が借りているのだが、数ヶ月前から住んでいない。彼は都心に勤めていて、今は会社近くの友人宅に身を寄せている。早朝から深夜までの仕事で、帰るのが億劫になったからだという。

 

家賃だけ払っている状態。もったいない。せっかくだから一泊してみよう。こういう流れだ。

 

4月19日の夜、自宅から1時間ほどかけて到着。荷物を置いて散歩に出た。ツイキャス配信をしながら歩いた。

 

戻ってきて夕食。母に作ってもらった弁当を食べた。深夜、再び散歩しながらツイキャス。三鷹駅まで行って帰ってきた。静かだった。

その後、朝まで一人暮らしを満喫した。女装をして過ごした。女装をするとテンションが上がり、何をしても楽しい。

 

実家でも自室で女装をするが、親の目があるので、自室から出る時には普段の服装に戻さないといけない。しかしここでは外に出ない限り女装のまま動き回れる。いろいろな動きをして楽しんだ。

 

精神的に解放されている感じがした。

 

なお、この趣味は自分ひとりで楽しむつもりしかない。つまりグレードアップして外で活動する気などはない。写真をネットにアップするつもりもない。あくまで自分自身を満足させたいだけだからだ。

 

性的不満を発散させている面もあるため、異性のパートナーができたらやらなくなるのかもなあと思ったりもする。それとこれとは別なのかもしれないが、パートナーがいたことがないのでわからない。

 

結局、夜が明けるまで女装ライフを楽しんだ。

 

夜というのに派手なレコードかけて

朝までふざけようワンマンショーで

 

沢田研二「勝手にしやがれ」の一節だが、まさしくこんな感じの一夜だった。僕の女装はいつだってワンマンショーだ。演者も客も自分ひとり。中学生の頃からやっているのに、いつでも女装した自分を鏡に映すとドキドキする。

 

女装趣味については過去にも書いた。

 

カーテンの隙間から朝日が漏れる。疲れてベッドに横たわる。しかし眠れず、起き上がって街へ出た。

 

また歩きながらツイキャスをした。

 

こんな時間に外を歩くのは久しぶりだった。とてもいい天気で、世界はなんて明るいんだと思った。新緑がまぶしかった(トップ画像はこの時に撮影した)。

 

午前9時43分、就寝。長い一日が終わった。

 

***

 

記事が面白かった方、投げ銭をくださると嬉しいです。


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自己紹介

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1985年生まれの32歳男性。埼玉在住です。(2018年4月8日現在)

 

小学校に上がるまでは東京で育ちました。その後、父の仕事の都合で長野、大阪、栃木、岩手と各地を転々とし、中学に上がる前に埼玉の川越市に来ました。高校入学前に隣の所沢市に引っ越し、今に至ります。

 

小学校で3回転校、4つの小学校に通いました。中学卒業までに6回引っ越し、7つの街で過ごしました。

 

中学時代は野球部に所属していました。

 

高校2年で不登校になり、通信制の学校に転入。週に1度の通学以外は市立図書館にひきこもっていました。宗教書、哲学書、文学書を読みあさりました。

 

宗教は仏教、哲学はクリシュナムルティ、文学は「若草物語」や「赤毛のアン」といった少女文学に夢中になりました。詩人の立原道造のファンになったのもこの頃です。

 

そんな生活を2年半続け、2005年4月に東京都内の私立大学に入学しました。

 

はじめは仏教学部だったのですが、2年進級時に文学部に転じました。専攻はなかなか定まらず、文学に行ったり、社会学に行ったりとフラフラしましたが、3年になって西洋哲学に落ち着きました。

 

卒業論文では、仏教とキリスト教の比較をやりました。師事した西洋哲学の先生が浄土真宗の僧侶でもあったことから、こうなりました。結局、一度離れた仏教研究に戻る形となりました。

 

就職活動はせず、2009年3月に卒業しました。就活をしなかった理由は過去に書きました。

 

以後、現在までフリーターとして過ごしています。正社員になったことは一度もありません。社会に適応できず、病気がちで、無職期間も長いです。ほとんどがパートタイムで、年収も65万円が最高です。

 

***

 

以下、職務経歴を記します。

 

高校1年生の夏休みにコンビニ店員。冬休みには郵便局で年賀状の仕分けをやりました。以降、大学1年までの5年間、年末年始は毎年郵便局で働きました。2年目からは配達をやりました。

 

大学2年の夏から大学3年の夏にかけて、遊園地で清掃係を務めました。

 

卒業後は、2009年3月から2012年3月まで、メール便の配達をやりました。バイクではなく自転車です。業務委託でした。週6日働きましたが、1日の労働時間は2時間程度でした。

 

2012年4月、郵便局に時給制契約社員として入社。いろいろあって1ヶ月でやめました。詳細は以下の記事に書きました。 

 

2013年5月から2年間、倉庫作業員をやりました。

 

2015年6月から9月にかけて「若者正社員チャレンジ事業」というものに参加しました。企業で研修を受け、採用試験も受けましたが、不採用になりました。

 

2017年6月からはポスティングを始めました。現在も継続中ですが、今月でやめることになっています。

 

今後は、もう雇われて働くことはしたくないと思っています。文章を書いて投げ銭をもらったり、誰かを手伝ったりして、何とか生きていければと思っています。

 

***

 

宗教・思想について。

 

十代から仏教徒で、浄土教・阿弥陀信仰です。その他、老荘思想もベースにあります。

 

高校時代は宗教評論家のひろさちや氏による仏教書に夢中でした。19歳から27歳頃は本多信一氏の本が座右の書でした。27歳以降はpha氏の本がバイブルとなっております。

 

最近では、えらいてんちょう氏やプロ奢ラレヤー氏の生き方・考え方を大いに参考にしています。

 

***

 

趣味は音楽鑑賞、野球観戦、アニメ鑑賞です。

 

ビートルズやビーチ・ボーイズなど、60年代の洋楽を愛聴しています。邦楽も60年代から70年代が好きで、ザ・タイガースや沢田研二のファンです。

 

野球は西武ライオンズを応援しています。

 

アニメは「ラブライブ!」が好きです(特に南ことり)。声優ユニット、ミルキィホームズのファンです(特に徳井青空さん)。

 

***

 

ハンドルネーム等について。

 

ビーチ・ボーイズの「アイ・ゲット・アラウンド」という曲に由来します。それをいじって「アギルラン」とし、さらに縮めて「アギル(あぎる)」になりました。

 

ツイッターIDの@agimuseというのは、agiru+museです。museというのは「ラブライブ!」に登場するアイドルグループ「μ's」のことです。

 

***

 

以上です。今後とも、よろしくお願いします。


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都バスで東中野から新橋へ

 

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11月初旬、曇り。新所沢から西武新宿線に乗り、下落合で降りた。高田馬場の隣の駅だ。各駅停車しか止まらない。

 

神田川沿いを歩く。

 

ずいぶん深いところを流れている。川底と岸壁がコンクリートで固められている。東京の川だ。僕は6歳まで中野区鷺宮で育った。家のすぐそばを流れる妙正寺川もこんな風だった。懐かしい感じがする。

 

10分ほどで小滝橋車庫に着いた。住所は中野区東中野5丁目だ。

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バス停周辺に人がパラパラと集まっている。並んではいない。ちょっと離れたところに立っていたら、だいぶ後ろになってしまった。特等席(前扉のすぐ後ろ)を取ることができなかった。

 

出発してほどなく、バスは新大久保に差し掛かった。コリアンタウンだ。以前歩いたことがある。思ったより韓国色が薄くてガッカリしたものだった。韓国に来た気分になることを期待していたのだ。期待が大きすぎた。

 

都営戸山ハイツを過ぎると「新宿ここ・から広場」というバス停に着いた。変な名前だなあと思った。

 

そして市ヶ谷。

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以前、ここに通勤していたことがある。ひたすらデータ入力をしていた。

 

ある朝、市谷亀岡八幡宮(いちがやかめがおかはちまんぐう)に参詣した。境内にある階段の傾斜が非常に急で、スリリングだった。

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バスは永田町に入る。各所にガードマンが立っていて、何となく緊張する。ちょっと国会議事堂が見えた。地方から来た修学旅行生になった気分だ。

 

そして新橋駅に着いた。

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面白い形のビルがあった。新橋駅前ビル1号館と書いてある。

 

駅の反対側に移動し、ニュー新橋ビルに入った。怪しい占い屋が散見され、中野ブロードウェイみたいだと思った。トイレが有料だったので1円を投入して利用した。

 

その後、周囲をウロウロしたが、特に面白くなかったので帰ることにした。

 

「都06」渋谷駅行きに乗った。新橋、金杉橋、芝園橋、赤羽橋、中ノ橋……。「橋」の付くバス停が延々と続く。

 

渋谷駅からは「早81」で早大正門に行き、「学02」に乗り継いで高田馬場駅へ。この2路線については以前書いた。

 

こうして都バス旅・第3弾は終わった。

 

 

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眠れないので秩父に行った

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2017年11月5日、朝5時45分の電車に乗った。

 

まだ夜は明けない。昼夜逆転がひどく、起きている時間のほとんどが夜。もうこんな生活は嫌だ、いっそ徹夜しよう。こう思って家を出た。

 

目指すは西武秩父。所沢で乗り換え、飯能で乗り継いだ。

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(西武鉄道Webサイトの路線図を加工)

 

ボックスシートを独り占め。心地よい。

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いい景色だ。山の緑と青い空。ところどころ紅葉している。

 

こんな山の中にも人は住んでいるんだなあ。結構民家がある。完全な山奥も悪くないが、ポツポツと家がある感じもまたいい。

 

8時30分、西武秩父着。

 

この駅は2017年3月に改装された。何度も訪れているが、改装してから来るのは初めて。跨線橋の内部が黒塗りになった。木目と黒のコンビがオシャレだ。

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照明も和の雰囲気を演出している。

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駅名フォントも和っぽい。

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そして外観。かっこいい。以前は壁が白、屋根が茶色だった。

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秩父鉄道の御花畑駅を経て、番場通りを歩く。国登録有形文化財が目白押しだ。

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秩父神社で参拝。アニメ「あの花」にも出てきた。

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西武秩父方面へ戻り、慈眼寺へ。本堂の彫り物がすごい。

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本堂の隣の建物。2階は着物を着た文豪が逗留していそうな雰囲気がある。

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20代と思しきカップルが、二人して手をパチパチ打っていた。ここはお寺だ、神社ではない。どちらかが気付いても良さそうなものだが、と苦笑した。

 

まだ9時ぐらいだったが、眠くなってきたので帰路についた。午前中の内に帰宅できた。ご飯を食べて寝た。


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