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30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの31歳。埼玉・所沢在住。基本無職、たまに働く男の日々を綴っていきます。ラブライブとビートルズと西武ライオンズが好きです。

無職という罪からの解放を求めて

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19日以降、更新がないがどうしたのかと君は言う。

 

特にどうもしないよ。書くことがなかっただけだ。無職で応募もせず、ネットと読書で暮らしていた。なぜ応募しないのかって、やりたい仕事がひとつもなかったからだよ。なぜ求人というのは、どれもこれも絶対に応募したくないものばかりなんだろう。採用されたら苦痛が待っている案件に電話するのが辛い。

 

でもお金がないし、ダラダラするのも嫌になったから、以前働いたことのある職場に電話した。求人広告で見つけたからで、10日ほど前のことだ。そうしたら「今は選考中なので、採用の場合は来週中に電話する」とのことだった。

 

電話はかかってこなかった。また不採用だ。

 

僕にはどの仕事も懲役のように思える。会社は通いの刑務所だ。何の罪かはわからない。わからないけれども、無職でいると「お前は罪人だ」と責められている感じがする。この感じから逃れるには働くことだ。働くことで解放される。世界中がこの空気で覆われているのか、日本特有のものなのか、僕の中で特有のことなのかは知らない。

 

いずれにしても早く解放されたい。解放された先が刑務所というのが嫌で先延ばしにしてしまうのだが。刑務所通いに慣れることができれば、晴れて無罪の人として生きられる。僕に有罪だの無罪だのと突きつけてくる奴は誰なのか。

 

***

 

話は変わる。

同じマンションに住んでいる男についてだ。45歳ぐらいで独身の実家ぐらし。親はもう80過ぎだそうだ。単発や短期の派遣で働いて過ごしている。以前職場が同じになったことから仲良くなった。その仕事はとうの昔に終わったから、今はもう別々の暮らしをしている。

 

ところが最近しょっちゅう出会う。週に3度会ったこともあった。散歩に出るたびに会うような感じで、鬱陶しい。「こんにちは」で済めばまだいいのだが(それでも邪魔だが)、こいつは散歩にもついてくる。「ちょっと歩こう」とか言って。30分はザラで、1時間に及んだこともあった。実際のところ、月に数回ぐらいしか会わないのだが、僕の方は散歩に出るたびに会うんじゃないかと警戒しているので、いつも会っている感覚だ。

 

会うたびに「仕事どう?」などと聞いてくる。そんなにコロコロ状況が変わるわけないだろ。先週無職だったなら、今週も無職だ。この人は毎日違う職場に行くような人なので感覚が違う。疲れる。○○がいいよ、××は辛いよなどと職場の情報を提供してくる。聞いてないのに。

 

今の家に住み始めて十数年。近所に知り合いができたことで散歩さえ落ち着いてできなくなった。引っ越すしかないのか……。僕の場合、それは親からの自立を意味する。

 

***

 

この男から離れるためにも働くことがいいのだろう。散歩するたびに会うというのは、僕の散歩の頻度が高いせいもある(向こうもなかなかの暇人だと思うが)。仕事で家をあければ、会わずに済む。休みの日には遠出しよう。あいつが絶対いないところに出かけて、羽を伸ばそう。その交通費を捻出するために働こうと思う。


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働くことで不安から逃れようともがく

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先日面接に行った短期バイトは不採用だった。

 

 

ホッとした。採用されると9時から18時まで拘束される。それを考えると憂鬱だったので、落ちてほしいと思っていた。

 

無職が心地いいとは思っていない。仕事がある方が心が安定する。無職は楽だけど、常に「こんなことではいけない」と感じられて辛い。仕事さえしていれば、その悩みから解放されて心が軽くなる。働いていないと、自分がどこに向かっているかわからなくて不安になる。仕事はそれを忘れさせてくれる。

 

仕事に就くと、そこから逃れたいと思う。逃れたい気持ちでいっぱいになるから、不安が入り込む余地がなくなって、楽になる。月曜から金曜にかけて働く人は、土日というゴール(あるいは給水所)が見えるから、心が定まる。

 

無職だとそれがない。自分がどこを走っているのかわからない。レースに参加していないから、どこで休もうが自由だ。いつでも休める。

 

そこに問題がある。いつでも休んでしまうから、もはや走るのがメインなのか、休むのがメインなのかわからなくなるのだ。そのノンベンダラリとした、メリハリのない日々が不快で、仕事に戻りたくなる。

 

それでも採用されたくないと思うのはなぜなんだろう。どう生きたいかが見えていないからだと思う。「そんなもの見えなくていい、目の前の仕事に一生懸命になっていれば、道は拓けていくものだ」という話はよく聞く。ただ、そういうことを言う人は経営者だったり、芸能人だったり、芸術家だったりする。僕みたいな単純労働者がそれを実践するのは無理があるんじゃないか。

 

ところが同世代の友人に、コンビニのバイトにやりがいを覚えている人がいる。職場の人やお客さんとのコミュニケーションが好きで、休日に職場へ行くことも厭わない。他にすることがなくて仕事にしがみつく人もいるけど、彼の場合は多趣味だから当てはまらない。

 

しかし人は人だ。僕の場合は、無理をしないと人とコミュニケーションができない。人と接する喜びはわかる。でも、人に会う前、会っている時、会った後、いつでも居心地の悪さを感じる。

 

僕は自由でないと息苦しい。そして自由は一人の時しか感じられない。家族だろうが友人だろうが関係なく、自分以外の誰かといる限り、拘束感を覚えて息が詰まる。

 

それでも、寂しさが募ったり、話がしたくなったりして、不自由でも息が詰まってもいいから人に会いたいと思う時が訪れる。その時だけ、人と会いたい。そんな性格だから、できる限り人と接しない仕事がいい。

 

また明日から、いつもの通り、データ入力や軽作業のバイトを探して応募する。


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学校と仕事がどこでどう繋がるのかわからない

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「頭がいいのに軽作業バイトなんかしててもったいない」

 

と言われることがある。知識を収集することが好きなので、物知りだと言われると嬉しい。そして嬉しいからもっと知りたくなる。子供の頃から割とこんな感じだった。

 

読書をするようになったのは高校時代からだから、それまでの知識の源は漫画やテレビだ。あとは親から聞いたことぐらいか。

 

ご多分に漏れず勉強嫌いの子供だったけど、社会科だけは好きだった。小学校低学年の頃から各国の国旗を眺めるのが好きだった。小学4年の頃、都道府県や川や山脈の名前を一生懸命覚えた。トイレに貼ってある地図をずっと眺めて飽きることがなかった。

 

社会科の課題で、単元ごとに日本各地の特色をまとめた新聞をつくった。四コマ漫画なども添えたもので、クラスメイトには好評、先生も評価してくれたので、毎回つくるのが楽しかった。

 

長期休みの宿題は、いつも工作だけが後回しになった。国語だろうが算数だろうが、創意工夫の要らない課題はコンスタントに終わらせることができた。自由研究も上述の通り社会科が好きだったので、それほど苦労しなかった。

 

ところが、ものづくりだけは本当に苦手だった。完成しても嬉しくなかったし、向いていないのだろう。あと理科の実験が面白いと思ったこともなかった。準備も多く、ただただ面倒だった。文系の人間なんだなあと思う。

 

小学6年からは歴史大好き少年になり、読書感想文も歴史もので済ませた。古文も歴史と通じるから楽しかった。文法を覚えるのは苦痛だったけど、古語辞典を読むのは好きで、今でも用もなくめくったりする。

 

高校からは歴史を足がかりに宗教に興味を持ち、類書を読み漁り、仏教系大学に進学した。仏教だけでは飽き足らず、西洋哲学研究室にも出入りして、様々な文献に触れた。先生には大学院進学を勧められたけど、更に学費をかけてまで学ぶ気はなかった。

 

そしてフリーターになり、今に至る。

 

学校と仕事がどこでどう繋がるのかわからない。子供時代にやってきたことと今の自分とが繋がらない。僕はなぜ軽作業バイトしかできないのだろう。いや、それさえ続かず今や無職だ。僕の子供時代は何だったんだろう。


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バイトの面接に行って、働く意味を考えた

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短期バイトの面接に行ってきた。

 

仕事はデータ入力。5日間だけの勤務だが、履歴書に加えて職務経歴書の提出まで求められた。面接も、志望動機から経歴まで深く突っ込まれた。タイピングのスキルチェックもあった。仕事の内容には興味がない。データ入力は比較的ラクなので応募した。

 

労働が嫌で、半年ほど無職でいた。でも今は働かないのも嫌になった。生きている手応えが欲しくなった。社会の役に立ちたいということかもしれない。

 

社会の役に立つのが目的なら、ボランティアでもいい。でも特にやりたいことがない。労働にもボランティアにもピンとこない。それなら、お金がもらえるほうがマシだろうと考えて、労働の方を選んだ。

 

採用されれば5日間+研修で5万円ぐらい入る。せっかく嫌なことに耐えて得たものを貯金するのはつらい。1万円ぐらいは好きなことに使いたい。でも好きなことって何だろう。ライブとか野球観戦とかは好きだけど、今の自分にはコストパフォーマンスが悪いと感じる。一度にお金がかかりすぎる。ある程度楽しめて、かつ後に生きる使い方をしたい。

 

僕は働く理由がよくわからない。「食べるため」という理由が思いつくが、人に食べさせてもらえるなら、別に働く必要はない。とすると働く理由は「食べさせてくれる人がいないからする」か「食べさせてくれる人はいるけど、自力で食べていきたいからする」のどちらかになる。

 

今のところ親が食べさせてくれるので、僕の働く理由は「食べるため」ではない。親から離れたい気持ちと、何か生きている手応えがほしいというのが、働こうと思った理由だ。

 

ただデータ入力でも軽作業でも、その作業自体は苦痛でしかない。そこで最近は農業に光を見出している。自分が食べるものを得るための労働なら、意味が見出だせる。といって、何のツテもなく踏み出す気にはなれない。「知人から誘われたので田舎に行ってみる」みたいな感じで体験できたらいいと思う。

 

そのためには、人との「つながりづくり」が必要になる。しかしこれがしんどい。低エネルギー型若年層のオピニオンリーダーである(と僕は思っている)phaさんは「弱者はつながることで死ににくくなる」と言うが、つながれるような人は弱者ではない。お金も稼げず、人ともつながれないから弱者なのだ。

 

まあ愚痴を言っても、らちがあかない。コンビニで「あたためますか」と問われたときに「はい」で済ませていたものを「はい、お願いします」にバージョンアップする感じで、少しずつ人とのコミュニケーション濃度を高めていきたい。


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企業に追い詰められないで生きる道を考え続けたい

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過労が原因で心を病み、亡くなってしまう人がいる。追い詰められた末のことなので、そこに至るまで、どれだけ辛かっただろうかと考えると胸が詰まる。遺族のことを思うと、触れることさえ避けた方がいいように思える。

 

企業は人の精神を追い詰めるモンスターだから、できる限り関わらない方がいい。独立して稼げれば一番いいが、それが難しい場合に限り、企業で働く。僕はそういうスタンスでいる。

 

でも、企業でたくさん働きたい人もいる。そもそも働くことが好きだったり、残業代で何とか生活できている人などだ。そういう人は、労働時間に上限が設けられることを苦々しく思う。僕は電通の事件があった後、何人かと話して、そういう人もいることを知った。

 

あの事件で仕事を減らされたり、仕事自体がなくなってしまったりして、経済的に損害を被った人がいるそうだ。その人は過労で自ら亡くなられた方を恨んでいて、遺族に文句を言ってやりたいと憤っているという話だった。

 

僕は過労状態になったことはない。でも、仕事が合っていたことが一度もなくて、わざと交通事故に遭えば出勤しなくていいと考えたことは何度もある。だから、仕事で精神が追い詰められるということは身近な問題と感じる。過労の人の気持ちとは違うだろうけど、仕事が原因で自ら命を絶ってしまうことが他人事と思えない。ちょっとしたきっかけで自分もその道を選んでしまうのではないかという恐怖感を常に持っている。

 

亡くなってしまった人のせいで仕事を減らされたり、奪われたりして憤っている人の気持ちを考えることができない。それで生活ができなくなって迷惑しているというのはわかる。でも過労で追い詰められて亡くなってしまった人を責め続け、遺族に責任を追及したいと訴えられると、つらすぎて頭が真っ白になり、何も言えなくなってしまう。

 

企業にどっぷりはまって働くと、精神が追い詰められておかしくなってしまうというイメージが抜けない。企業で働く時間を削られたくない人がいるのはわかる。でも僕は精神を追い詰められて亡くなった人がいるということで、胸も頭もいっぱいになってしまい、それによって経済的損害を被った人のことが考えられない。ただただ亡くなられた方を弔って過ごしたい気持ちに駆られる。

 

僕は社会全体を考えることに向いていないようだ。自分や目の前のひとりが、企業に追い詰められないで生きる道を考え続けたい。


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無職の一日

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今日もだるい。

 

相変わらず無職だけど、半年ノラクラしたら、ようやく働きたくなってきたよ。お金がほしくなってきたんだ。お金がないので近所をウロウロする日々を送ってきたんだけど、いよいよウンザリしてきた。

 

毎日どんな風に過ごしているか知りたいということだったので、紹介する。たとえば今日はこんな感じだ。

 

深夜3時。眠くなって布団に入る。眠れないから声優のラジオを聴く。ミルキィホームズという女性声優4人組だよ。面白いかどうかと言われるとよくわからないんだけど、時々噴き出してしまうし、聴いていると明るい気分になるのは確かだ。

 

目を閉じて聴いているうちに、朝5時になってしまった。カーテンをしめているのに部屋は明るい。最近夜明けが早くなった。暗いのは怖くて苦手だから嬉しい。

 

目が覚めたら昼の1時だった。すぐは起き上がれないので、枕元の本を読む。小説は苦手だから、必ずノンフィクション。今日は齋藤孝『孤独のチカラ』。だいぶ前に買った本なんだけど、くり返し読んでる。孤独を肯定してくれる本なので、寂しい時に読むと励まされる。

孤独のチカラ (新潮文庫)

孤独のチカラ (新潮文庫)

 

10分ほど読んだら疲れた。iPod touchをいじりだす。まずはメールチェックだ。派遣の求人情報を眺める。近場や体力的に楽そうなものはなかった。

 

30分ぐらいしてもまだだるくて辛かったんだけど、トイレに行きたくなったので頑張って体を起こした。お茶を入れて部屋に戻ってきた。インターネットで野球中継を観る。今日は応援している西武ライオンズが勝った。良かった。

 

時刻は16時。腹が鳴る。でも今食べたら、食べ終わる頃には日が暮れてしまう。日を浴びることを日課にしているので、仕方なく空腹を抱えて30分ほど歩いてきた。新緑がまぶしかった。葉ずれのサワサワとした音が心地よかった。

 

16時30分。ご飯を食べる。すぐ苦しくなった。それなのに食後に甘い菓子パンを食べてしまった。いつものことだ。でも相変わらずのガリガリ体型で、この間体重計に乗ったら44キロだったよ。身長167センチだから、骨と皮だ。肌もこれ以上ないぐらい青白い。頬もこけて病人みたいだ。

 

18時30分。また散歩に出た。消えゆく明るさを追いかけるように歩いた。車も人間を見たくないので、ただ空と木と花ばかり見ながら歩いた。

 

途中で浮動性めまいに見舞われたため、公園のベンチで横になった。ふと横を見るとすべり台があったので、そこに体を入れてみた。そうしたらスッポリはまってちょうどよかった。揺れる木の葉と夕闇をぼんやり眺めた。

 

帰ってから、腹具合が悪くなった。お腹を壊した。突然便意が来る。でもよく両親のどちらかが入っていたりするから困る。病気の時に親がいるのは助かるけど、トイレに関しては一人暮らしがいいなあと思う。

 

風呂上がりには『老子』を読んでいる。加島祥造が訳したやつがいい。口語訳だからとてもわかりやすい。老子は「弱いものこそが生き残る」という思想だから、僕らのような無職や無気力フリーターの味方だ。いつも不安な僕みたいなタイプの人には、ぜひ読んでほしい。

タオ―老子 (ちくま文庫)

タオ―老子 (ちくま文庫)

 

日曜日には折り込みの求人広告が入る。月曜日にはタウンワークが発行される。僕でも勤まりそうな仕事、見つかるといいな。


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これから大人になる君へ(30代フリーターより)

 

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幼児から大人まで、ひとりひとりに話しかけてみた。

自分に関係がありそうなところだけでも、読んでもらえたら嬉しい。

 

***

 

これから幼稚園に入る君へ。

クラスにはきっと嫌な子がいる。でも君が嫌だ嫌だと言ったところで、その子はいなくならない。仕方がないのだ。全員が嫌な子ではない。嫌でない子に目を向けよう。一緒にいて楽しい子がいれば最高だ。その子と一緒に遊んで日々を過ごそう。

 

これから小学校に入る君へ。

勉強も行事もすべて決められていて、君に選択の余地はない。すべて参加しなければならない。嫌だと駄々をこねても、教師も親も許さない。算数が嫌いでも、運動会が嫌いでも、我慢しなければならない。それ以外の選択肢がないのだ。学校が嫌で帰ったとしても、家で親に責められるだろう。子供に逃げ場はない。子供はつらい。

 

これから中学校に入る君へ。

小学校に引き続いて、嫌なことのオンパレードだ。この時期は苦しいことばかり起こる。いいことがひとつでもあれば幸運だ。それをよすがに乗り切ろう。

 

これから高校に入る君へ。

高校もやっぱり嫌なことだらけだ。私はあまりにも嫌すぎて通えなくなった。不登校になって、通信制高校を卒業した。

 

週に1度の通学以外、独りで市立図書館に通う日々。アルバイトもしなかった。親から「働け」といつも怒られてたんだけど、どうしてもできなかった。いつも独りぼっちで、寂しさのあまり頭が変になりそうだった。

 

高校や県でやってるカウンセリングも受けたし、電話相談もした。いじめ相談のところにかけてしまったんだけど、ちゃんと聞いてもらえた。公衆電話から祖父母に泣きながら電話したこともあった。

 

本を読んで、著者に手紙を書いたりもした。出版社に送れば届けてくれる。返事が来た時は嬉しかった(返ってこないこともある)。身近に相談相手がいれば一番だけど、いなくても上記のような方法がある。今はインターネットもあるしね。私の時はなかった。手紙というのは、こしらえるだけでも、悩みがまとまるので効果がある。

 

***

 

これから大学に入る君へ。

大学はいい。学校の中で唯一いい。友達づくりをしなくていいからだ。独りぼっちでも何も言われない学校は大学だけだ。

 

授業は一番前の席で聴くといい。後ろの席は、つるんでいる人が多くて騒がしいことが多い。

 

大学ではアルバイトをしてお金を貯めておくといい。4年間で卒業しないためだ。親はだいたい4年間の学費は出してくれる。それ以降出してくれない場合に備えて、貯金しておくのだ。

 

ミュージシャンのタケカワユキヒデを知っているだろうか。70年代に結成されたゴダイゴというロックバンドのボーカルだ。彼は大学に11年間も在籍したという。毎学年1度ずつ留年して8年、それに加えて休学3年、合わせて11年。彼の場合は人気絶頂で通うヒマがなかったせいだが、一般人でもやりたいことがないなら、真似してもいいんじゃないか。

 

何しろ学生という身分は最高なんだ。日本社会の人は、働いていない人を寄ってたかって叩くんだよ。ところが学生という身分さえあれば、放っておいてくれる。そうすると心おだやかに過ごせる。これは重要なことだ。心が不安定になるというのは大変なことなんだ。こじらせると、体にも影響が及んで、何もできなくなる。心の安定は何よりも大事だ。

 

18歳で入学し、29歳で卒業。その後は大学院に行ってもいいと思う。できるだけ学生である期間を引き延ばそう。卒業してしまって、二部(夜間学部、夜学)に入り直すのもいいかもしれない。でも一旦学校を出てしまうと、また入るのは大変だ。しがみついた方がいい。とにかく学生でいることが大事だ。身分にお金を払うのだ。

 

なお、働きたい人は4年間で卒業して就職するのがいい。学生を続けたところで、未来は暗い。無目的のフリーターやニートになるよりは、学生の方がマシという話だ。

 

これから社会人になる君へ。

学校を出たら「社会人」と呼ばれるが、その生活は意味のない反復作業に耐えてお金をもらう日々でしかない。やりがいのある仕事というのは、他人には存在しても、自分には存在しない。会社にとってはどの仕事も意味があるが、自分にとって意味のある仕事はない。

 

学校を出てしまったら、その後はどうすればいいか、私にはわからない。もしわかったら教えてほしい。でもそれはきっと、君の役には立つが、私の役には立たないだろう。そういうものだ。


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