30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。現在は週2でポスティングをやっています。

保健室登校の私が考えていたこと


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2001年9月、高校1年の夏休みが明けました。

しばらくは普通に通ってました。

でも翌月ぐらいから保健室登校になりました。

 

「腹が痛い」ということにしていましたが、そうでもなかった。

とにかく学校生活が嫌でたまらず、教室に行けなくなりました。

生徒の誰とも会いたくなかった。

保健室の先生は50代ぐらいの女性。16歳の私はいろいろと話しました。

 

「僕は大学に行けさえすればいい。勉強ならひとりでできる」

「日本の学校での勉強は暗記ばかり。何の意義があるのか」

 

等々と主張します。

 

ついには

「欧米の学校なら暗記じゃなくてディスカッション中心。留学したい」

と言い出しました。当時、留学に関する本を読みあさってました。

一度は海外の留学センターに国際電話なんかかけてみたり。

 

本に書かれている欧米の高校生活は、自分の意見を主張できる学校でした。

本の学校では「関ヶ原の戦いは1600年」と暗記するだけ。

ところが欧米では「あなたが西軍の武将ならどう動くか」

みたいなディスカッションをする。

 

そんなことが書いてあって、なんて素晴らしいんだと思いました。

本の学校は50分ただ座ってる聞いてるだけ。それが毎日6時間。

退屈、あまりにも退屈。

 

この西洋との差は何だ。日本の教育はなんてダメなんだ。

そう思っていました。

 

でも、根底にあったのは、逃避願望だったと思います。

上記のような欧米の学校生活への憧れはあったけれども、

それが第一ではなかった。

 

まず現在の学校生活が大嫌いで、とにかく逃げたかった。その一心でした。

 

しかし何がそこまで嫌だったのか。

次項で書こうと思います。


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