30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。現在は週2でポスティングをやっています。

労働を避ける


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将来の夢。

 

小学生の頃は漫画家や、野球の実況アナウンサー。

 

中学の卒業文集には日本史の研究者になりたいと書いた。高校に入ると詩人物書きに憧れた。僧侶・神主・牧師といった宗教者にも惹かれた。

 

大学では哲学研究者を志すようになった。しかし卒業論文の制作があまりにもつまらない苦行で、もう学問は嫌だと思った。

 

それ以降、将来の夢はない。

 

文章で稼げたらいいなとは昔から思うけど、フリーライターがいいとは思えない。注文に応じて書くということをしたくない。ブログ収入で食えたらなんて思うけど、そのための努力はしたくない。

 

高校時代から体験した20以上もの仕事がすべて苦行だったので、労働に期待することができなくなった。

 

今の願いは、とにかく労働を減らすこと。労働が苦行であることは、もはやどうにもならない。目の前の仕事に集中するとか、ゲーム感覚で楽しむとか、欲しいもののために働くとか、自己啓発書に書いてあるようなことはみんなやった。労働はあくまで人にやらされる作業であり、どんなに嫌でも断ることができず、途中でやめる自由もないのだから、苦行にならざるを得ない。

 

こうなったら、できるだけ働かない生き方を選ぶほかない。労働は例外なく自分の欲求とは違う動きを求められるため、必ず心と体が削られていく。それを観念ではなく数々の実体験から身をもって知った今、労働を避けるより大事なことはない。

 

大学を卒業してから8年。労働はほぼパートタイムで、無職も長い。思えば余暇ばかりの8年だった。

 

もっと働けばよかったとはまったく思わない。働くことは苦行だからだ。働く前日の絶望感や、労働中の苦痛に慣れることはない。労働後は自分の時間を奪われた憤りがなかなか冷めない。1日でも働けば心身は安定を失い、しばらく平癒のための余暇が必要になる。

 

余暇に退屈を感じることはある。でもそれをうまく料理することが、人生の妙味ではないか。週5日フルタイムなんかで働いていたら、退屈することができない。

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