30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの31歳。埼玉在住。基本無職、たまに働く男の日々を綴っていきます。ラブライブとビートルズと西武ライオンズが好き。

企業に追い詰められないで生きる道を考え続けたい


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過労が原因で心を病み、亡くなってしまう人がいる。追い詰められた末のことなので、そこに至るまで、どれだけ辛かっただろうかと考えると胸が詰まる。遺族のことを思うと、触れることさえ避けた方がいいように思える。

 

企業は人の精神を追い詰めるモンスターだから、できる限り関わらない方がいい。独立して稼げれば一番いいが、それが難しい場合に限り、企業で働く。僕はそういうスタンスでいる。

 

でも、企業でたくさん働きたい人もいる。そもそも働くことが好きだったり、残業代で何とか生活できている人などだ。そういう人は、労働時間に上限が設けられることを苦々しく思う。僕は電通の事件があった後、何人かと話して、そういう人もいることを知った。

 

あの事件で仕事を減らされたり、仕事自体がなくなってしまったりして、経済的に損害を被った人がいるそうだ。その人は過労で自ら亡くなられた方を恨んでいて、遺族に文句を言ってやりたいと憤っているという話だった。

 

僕は過労状態になったことはない。でも、仕事が合っていたことが一度もなくて、わざと交通事故に遭えば出勤しなくていいと考えたことは何度もある。だから、仕事で精神が追い詰められるということは身近な問題と感じる。過労の人の気持ちとは違うだろうけど、仕事が原因で自ら命を絶ってしまうことが他人事と思えない。ちょっとしたきっかけで自分もその道を選んでしまうのではないかという恐怖感を常に持っている。

 

亡くなってしまった人のせいで仕事を減らされたり、奪われたりして憤っている人の気持ちを考えることができない。それで生活ができなくなって迷惑しているというのはわかる。でも過労で追い詰められて亡くなってしまった人を責め続け、遺族に責任を追及したいと訴えられると、つらすぎて頭が真っ白になり、何も言えなくなってしまう。

 

企業にどっぷりはまって働くと、精神が追い詰められておかしくなってしまうというイメージが抜けない。企業で働く時間を削られたくない人がいるのはわかる。でも僕は精神を追い詰められて亡くなった人がいるということで、胸も頭もいっぱいになってしまい、それによって経済的損害を被った人のことが考えられない。ただただ亡くなられた方を弔って過ごしたい気持ちに駆られる。

 

僕は社会全体を考えることに向いていないようだ。自分や目の前のひとりが、企業に追い詰められないで生きる道を考え続けたい。


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