30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。現在は週2でポスティングをやっています。

働くことで不安から逃れようともがく


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先日面接に行った短期バイトは不採用だった。

 

 

ホッとした。採用されると9時から18時まで拘束される。それを考えると憂鬱だったので、落ちてほしいと思っていた。

 

無職が心地いいとは思っていない。仕事がある方が心が安定する。無職は楽だけど、常に「こんなことではいけない」と感じられて辛い。仕事さえしていれば、その悩みから解放されて心が軽くなる。働いていないと、自分がどこに向かっているかわからなくて不安になる。仕事はそれを忘れさせてくれる。

 

仕事に就くと、そこから逃れたいと思う。逃れたい気持ちでいっぱいになるから、不安が入り込む余地がなくなって、楽になる。月曜から金曜にかけて働く人は、土日というゴール(あるいは給水所)が見えるから、心が定まる。

 

無職だとそれがない。自分がどこを走っているのかわからない。レースに参加していないから、どこで休もうが自由だ。いつでも休める。

 

そこに問題がある。いつでも休んでしまうから、もはや走るのがメインなのか、休むのがメインなのかわからなくなるのだ。そのノンベンダラリとした、メリハリのない日々が不快で、仕事に戻りたくなる。

 

それでも採用されたくないと思うのはなぜなんだろう。どう生きたいかが見えていないからだと思う。「そんなもの見えなくていい、目の前の仕事に一生懸命になっていれば、道は拓けていくものだ」という話はよく聞く。ただ、そういうことを言う人は経営者だったり、芸能人だったり、芸術家だったりする。僕みたいな単純労働者がそれを実践するのは無理があるんじゃないか。

 

ところが同世代の友人に、コンビニのバイトにやりがいを覚えている人がいる。職場の人やお客さんとのコミュニケーションが好きで、休日に職場へ行くことも厭わない。他にすることがなくて仕事にしがみつく人もいるけど、彼の場合は多趣味だから当てはまらない。

 

しかし人は人だ。僕の場合は、無理をしないと人とコミュニケーションができない。人と接する喜びはわかる。でも、人に会う前、会っている時、会った後、いつでも居心地の悪さを感じる。

 

僕は自由でないと息苦しい。そして自由は一人の時しか感じられない。家族だろうが友人だろうが関係なく、自分以外の誰かといる限り、拘束感を覚えて息が詰まる。

 

それでも、寂しさが募ったり、話がしたくなったりして、不自由でも息が詰まってもいいから人に会いたいと思う時が訪れる。その時だけ、人と会いたい。そんな性格だから、できる限り人と接しない仕事がいい。

 

また明日から、いつもの通り、データ入力や軽作業のバイトを探して応募する。


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