30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。現在は週2でポスティングをやっています。

尿管結石は痛かった


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正午過ぎ、右腰の激しい痛みで目が覚めた。

 

2015年7月のことだ。僕は29歳11ヶ月。その日は明け方に寝て、午前10時頃に一度便意を催して床を出た。下腹部にガスがたまっている感じ。トイレで息んだが何も出なかった。再び就寝。

 

そして先述の腰の激痛だ。刺すような痛みではなく、圧迫されているような痛さ。これが延々と続く。呼吸もままならない。何とか寝室を出て、居間にいた両親に症状を訴える。車で病院に行くことになった。しかし我が家には車がない。母が近所に住む姉に電話した。

 

ところが姉はすぐには来られない状況だった。結局車に乗れたのは激痛が始まってから3時間以上後だった。その間、僕は救急車を呼んでほしいと母に訴えたが「救急車ではどこの病院に連れて行かれるかわからない。入院することになったら近場のがいいから」と退けられた。

 

姉の到着を待っている間が本当に辛かった。痛みそのものも大変なものだったが、迎えがいつ来るかわからないという状況が精神的に辛かった。何の病気かもわからないから、姉を待っている間に死ぬのではないかという不安とも闘わねばならなかった。

 

痛すぎて歩けないので、家から車までは母に背負われた。29歳にもなって、60過ぎの母におんぶされることになるとは思わなかった。身長も僕のが高い。体重が50キロにも満たないガリガリ体型であることが役に立った。

 

そして近所の大学病院へ。車内でしばらく待たされた。この間も痛みは引かない。ただ姉が話し相手になってくれて気が紛れた。駐車場から病院までの間も、母に背負われた。病院に着いてからの移動は車椅子。吐き気もあり、廊下で戻すかと思った。

 

まずレントゲン撮影をおこなった。

 

次いで採尿。自分でできる状態ではない。その場で導尿ということになった。陰茎にチューブ(カテーテルという)を「ブスッ」と刺される。麻酔なんてしない。かなり痛かったが、それ以上に腰の方が痛かったので、それほど鮮明には覚えていない。

 

腰の痛みについては、座薬を入れられて楽になった。

 

診断の結果は、尿管が細菌感染したことによる痛みか、右の腎臓にあった結石(3ミリ)が尿管を通った時の痛みだろうということだった。

 

その後、説教された。「病院に来る時は、まず担当の医者がいるかどうか電話で確かめてくれ」とのこと。僕は「痛くてそんな余裕がなかった」と答えたが、「あなたはもう大人なんですから、それぐらいできるはずです」とピシャリ。弱り目にたたり目だ。

 

点滴を1時間半受け、20時頃に帰宅。処方箋はなし。その頃には歩けるようになっていた。ところがしばらくするとまた激痛が来た。姉からもらった痛み止めを飲んでしのぐ。その後、数時間おきに激痛で目が覚め、その日はろくに眠れなかった。

 

その頃の僕は、尿管結石がどういう病なのかわかっていなかったので、「全然治ってないじゃないか」と医者を責めたい気持ちになった。

 

後日改めて病院に行き、詳しい説明を受けることができた。尿は腎臓でつくられて、尿管を経て膀胱に至る。結石も腎臓でつくられ、同じルートをたどる。しかし尿管は細いので、結石が通ると詰まる。すると尿が流れにくくなり、圧迫されて腎臓がある腰のあたりが痛む。痛みがなくなるのは、結石が尿と一緒に排出された時。こういうことだった。

 

ここでようやく1ヶ月分ぐらいの痛み止めを処方してもらうことができた。

 

それ以降は普通に過ごした。10日後に石が排出されたのだが、それまでに何度も激痛に襲われ、そのたびに痛み止めでしのぐ日々だった。

 

石が出た後、病院に行って再度レントゲンを撮ったら、左側の腎臓にも石があるとのこと。前回は3ミリだったが、今度は7ミリとの話。何ということだろう。なお、こちらは2年経った今でも排出されていない。爆弾を抱えている状態だ。

 

今頃になってこの話を書いたのは、最近どうも尿管結石の予兆らしき症状があるからだ。左脇腹と左腰が痛い。また上記のような激痛と戦うのかと思うと怖い。

 

結石患者は夏に増える。今ここを読んでいるあなたが、突然腰の激痛に襲われたら、結石かもしれない。血尿が出たり、嘔吐したり、気絶する人さえいるほどの痛みに見舞われる。そして1度罹患すると、数年以内に半数は再発する。

 

しかし男性の10人に1人(一説には7人に1人)はかかるポピュラーな病だ(女性は25人に1人ぐらい)。辛いけれども、仲間がたくさんいるというのは救いだ。また、結石で死んだ人はいないという事実にも慰められる。


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