30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。現在は週2でポスティングをやっています。

ビートルズは心の支えだった


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(画像はフリー素材)

 

高校1年の冬にビートルズが好きになった。2002年1月のことだ。ベスト盤「ザ・ビートルズ1」を聴いたのがきっかけになった。

THE BEATLES 1

THE BEATLES 1

 

 

中学の英語教師が授業中に曲を聴かせてくれた。その時から気になっていたのだが、店頭で見かけるまで忘れていた。

 

最初に好きになった曲は「デイ・トリッパー」。ギターリフにしびれた。次いで「シー・ラヴズ・ユー」。若々しさが溢れていて、明るい曲なのに胸にしみた。サビのドラムが癖になった。

 

僕は高校1年の夏休み明けから不登校になった。親の圧力で秋から復帰するも、学校生活が辛くて仕方がない。そんな中で出会った夢中になれる音楽だった。

 

洋楽については、中学生の頃から聴いていた。カーペンターズとサイモン&ガーファンクルだ。また、邦楽ながら全編英語で歌うゴダイゴも愛聴していた。ビートルズにハマる準備は整っていた。

 

ビートルズは広く聴かれているが、ベスト盤だけで終わってしまう人も多い。僕がそうならなかったのは「オール・マイ・ラヴィング」のおかげだ。

 

中学の英語教師が聴かせてくれて好きになった曲だった。ところが「ビートルズ1」には、この曲は収録されていない。歌詞カードの広告欄を見ると「ウィズ・ザ・ビートルズ」というアルバムに収録されていると書いてあった。こうしてオリジナル・アルバムを聴くことになった。

ウィズ・ザ・ビートルズ

ウィズ・ザ・ビートルズ

 

 

聴いた結果、何ということだろう。「オール・マイ・ラヴィング」は3曲目なのだが、それ以上に2曲目の「オール・アイヴ・ガット・トゥ・ドゥ」が心にしみた。4曲目の「ドント・バザー・ミー」は「俺にかまうな」という意味で、まさに当時の自分の心の声だった。13曲目の「ノット・ア・セカンド・タイム」も何というか、しみじみとした切なさがあって大好きになった。

 

総じて「ノリノリなのに切ない」という感じを受けた。思春期の心はいつもブルーで灰色だ。それでいて、何事にも性急さを求めるので、のんびりとした音楽なんぞ聴いていられない。そんな心の求めに、アップテンポなのに物悲しいビートルズサウンドは合致した。

 

ビートルズが大好きだということが心の支えになっていた。高校生の頃は、生きているのが辛くてよく死にたくなったが、マンションの屋上から下を見て「死んだらビートルズが聴けなくなる」と気付き、思い止まったりした。生きたいという思いを確認したくて屋上に行っていたようにも思う。

 

ネット上で、何かが好きでたまらないことをアピールする書き込みを見かける。年が若いほどそういう傾向があるように思う。僕はそういうのを見ると、何だか居心地が悪い。好きという感情は好ましいけど、あんまり「好き好き」言うのは取り乱しているのと同じで、みっともないと感じる。

 

でも、そう感じるのは僕が年を取ったせいかもしれない。つい数年前までは、そんなことは思わなかった。自分が何かを好きであることだけが大事で、その姿が外からどう見えるのかなど興味がなかった。

 

いいか悪いかという問題ではなく、若者とはそういうものだということに過ぎないのかもしれない。

 

そもそも、何かが好きということを人にどう思われようと、どうでもいいことだ。好きなことは生きる力になる。青春時代は辛いことばかりだから、つい死に誘われがちだ。好きでたまらない何かを心の支えにして、何とかその危機を乗り切ってほしい。


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