30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。ポスティングをやめて無職になりました。

埼玉の中学生の高校選び


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僕は埼玉県川越市の公立中学に通っていた。最寄り駅は西武新宿線の南大塚駅。中学3年の頃の偏差値は60ぐらいで、当時(2000年)の近隣の公立高校の偏差値はこんな感じだった。

 

川越69

所沢64

所沢北62

川越南57

 

所沢北だとギリギリ、川越南なら安全といったところだ。でも僕はどちらの高校にも行きたくなかった。

 

***

 

川越南は通っていた中学の最寄りの高校だったため、志望する生徒が多かった。学力が足りない子が猛勉強して狙うケースも見られた。僕はこういう学校に入るのが嫌だった。格下と机を並べたくなかったのだ。人間関係をリセットしたい気持ちもあった。

 

その他、僕は中学3年の11月に所沢に引っ越している(卒業まで残り数ヶ月ということで、転校はせず市外から電車で通学していた)。もし川越南高校に進学した場合、旧居のそばを通って通学することになる。シャクに触る話だ。

 

所沢北高校もまた近すぎた。今度は所沢の新居から近いのだ。こんなところに進学したら、おちおち散歩もできない。僕は一人でいる時に知人に会うのが大嫌いなので、選択肢から外さざるを得なかった。

 

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このように、当時の川越・所沢(つまり埼玉県の西武沿線)には、偏差値60ぐらいの公立高校がなかった。そこで別の路線に目を向けた。東武東上線沿線のとある高校の偏差値が59だった。見学に行ったところ、当時は創立14年目で、庭も校舎もきれいだった。ここに行きたいと思った。志望校が決まった。

 

高校入学に向けて、猛勉強した記憶はない。定期試験だけは頑張った。定期試験の範囲ぐらいなら準備できるが、中学3年分の勉強となると、どうしたら良いのかよくわからなかった。塾には通っていなかった。

 

結局合格することはできた。学力を維持できたのが勝因と言える。

 

***

 

進学した高校の最寄り駅は東武東上線の和光市。西武新宿線の新所沢から所沢まで行き、西武池袋線に乗り換え。1駅先の秋津でまた乗り換え。400メートルほど離れたJR新秋津駅まで歩く。そこからJR武蔵野線に乗り3駅、北朝霞で東武東上線に乗り換え。2駅先が和光市だ(下図の青線参照)。

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(Yahoo!地図より引用。丸や矢印は筆者)

 

2駅で乗り換え、1駅で乗り換え、3駅で乗り換え、2駅で到着。あまりにも面倒くさい。しかも学校は和光市駅から徒歩17分と不便なところにある。

 

1学期はこの面倒なルートで通ったが、2学期以降は西武池袋線の大泉学園から自転車で通うようになった(上図の緑線参照)。同じ所沢から通っているクラスメイトがそうしていたので、それにならった。駅から学校までの距離は4~5キロ、20分から25分ぐらいだった。

 

雨の日も風の日も自転車で25分というのは大変だ。でも当時はそれほど苦にしていなかった。乗り換え3回が1回に減り、楽なルートを見つけたと喜んだものだった。

 

しかし僕はこの学校を2年でやめてしまい、3年からは大宮にある高校に通うことになった。この頃の話は前回の記事で書いた。

 

こちらに通学する際も、また面倒な乗り換えに悩まされている。埼玉は県内の横移動が面倒だとよく言われる。僕は高校時代を通してそれを体験したわけだ。

 

こればかりは今も変わらない。埼玉県で子育てをする人には知っておいてほしい短所の1つだ。


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