30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの32歳。働くことが苦痛すぎて耐えられず、無職と短時間労働をくり返す男の日々を綴っていきます。現在は週2でポスティングをやっています。

16歳の夏、初めての一人旅(盛岡編)


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2001年、今から16年前の話だ。僕は高校1年生だった。夏休みにコンビニでアルバイトをし、3万円稼いだ。そのお金で東北を周遊できる切符を買い、人生初の一人旅に出た。

 

早朝に新所沢の自宅を出発し、本川越・川越を経由して大宮に出た。そこから新幹線に乗り、盛岡へと向かった。

 

僕はかつてこの街に住んでいた。小学6年の秋と冬を過ごした。1997年から98年のことだ。

 

***

 

駅から歩いて中津川へと向かった。2キロほどあるが、賑やかな商店街が続くので飽きることはない。僕は河川敷に下り、両足を水に浸した。そのまま寝転がり、川の流れる音を聞きながら青空を眺めた。

 

続いて岩手公園へ。ここはかつて盛岡城があったところで、現在は石垣だけが残っている。石川啄木が

 

不来方の

お城の草に寝ころびて

空に吸はれし十五の心

 

と詠んだのはここだ(不来方とは盛岡の別名で「こずかた」と読む)。僕は中学3年の頃に啄木のこの歌を知り、とても気に入っていた。その場所に来られて嬉しかった。

 

実を言えば、住んでいた頃に何度も訪れていた。しかし当時は興味がなく、素通りしていたのだった。

 

***

 

夕方、じゃじゃ麺で有名な店に入った。ガイドブックで調べておいた店だ。隣りにいたヒゲ面のおじさんが食べ方を教えてくれた。

 

夜は盛岡駅近くのビジネスホテルに泊まった。話す人もなく、物音もしない部屋。静かでとても寂しかった。1日目の夜からホームシックになった。親と離れて一人で過ごせるなんて最高だろうと想像していたので驚いた。

 

当時はまだインターネットがあまり普及しておらず、僕の生活にはほとんど入り込んでいなかった。学校の授業で使うぐらいのものだった。携帯電話はあったが、個々に連絡を取る道具でしかなかった。

 

今だったらツイッターや動画サイトで、世界中の人とリアルタイムのおしゃべりができる。でもこの頃は、一人の時間は一人で過ごすしかなかった。今のようなネット環境があれば、僕はこの日の夜、ホームシックにならなかったかもしれない。

 

***

 

それから、テレビのことも忘れられない。お金も払っていないのに、有料チャンネルの音声を聴くことができた。それは成人向けチャンネルだった。まだ16歳だったから、視聴することが許されない番組だ。それを音声だけながら聴くことができる。千載一遇の好機だ。

 

しかし僕はそれとわかるや、すぐにチャンネルを変えた。親に連絡が行ったら困ると思ったのだ。非常に興味をそそられながらも、聴くことができなかった。聴きたいが聴けない。ジレンマに苦しめられた。一人旅をしていても、親から逃れられないのだった。

 

こうして旅の1日目は終わった。この旅は2泊3日に及ぶ。続きはまた後日書こうと思う。


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