30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々(あぎるブログ)

1985年生まれの34歳。働けない、稼げない、人と接するのがつらい。noteで日記を公開している→https://goo.gl/Jrkznz

働けなくてもできること


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働くことができない。しかし無理にでも働いてお金を稼ごうという気持ちはある。

 

コンビニ店員、清掃、倉庫作業、ポスティングなどが思い浮かぶものの、これらはかつて、つらくて辞めた仕事だ。またやろうという気持ちにはなれない。

 

我慢して応募することを考える。しかしそれで採用されたとして、続くものだろうか。吐き気、腹痛、下痢、めまいなどに見舞われて出勤できなくなった過去がよみがえる。

 

前職だけがそうだったなら、別の仕事を選べばいい。ただ僕の場合は前職も、その前も、そのまた前も、なのだ。

 

年齢とともに、嫌なことを我慢する力がなくなっていくのを感じる。小中学生の頃など、部活も行事も嫌だったが、耐えて参加することができた。高校は不登校になってしまったものの、通信制に転校して、レポートや通学(週に一度)をきっちりこなした。大学も然り。卒業後はフルタイム労働はできなかったが、パートタイムなら何とかやれた。

 

20代後半からは身体症状が出るようになってしまった。他人に忍耐を強いる人は多いが、僕はもうそれに従うことができない。体調不良を押してまで労働するということは、自分に対するいじめであると思えてならない。他人へのいじめが醜いことは常識だが、それは自分に対してであっても同じだと感じる。

 

働けないということは「信念」でも「決意」でもない。単純に「無理」なのだ。目が回って立っていられない、胃が痛くて歩けない。そんな状況では、寝ていることしかできない。

 

薬を飲んで症状を抑えるという手はある。でも働かないことによって症状が和らぐのだから、働かないのが最善だろう。

 

「働こうとすると体調が悪くなる」という表現は正確ではない。苦痛に接すると体調が悪くなるのだ。だからもし苦痛でない仕事があれば、おそらく体調不良は起きない。

 

どうしたらそういう仕事に出会えるか。仕事というのは体験しなければわからないのだから、次々に新しい仕事に飛び込み続けるしかない。

 

そうは言っても、10個の仕事をして10個とも苦痛だったのに、「さあ11個目の仕事を探そう」と考えるのは難しい。それこそ体調不良によって体が拒否する。

 

決まった時間に出勤しなければならない、誰かと一緒に働かなければならない、といったことがつらい。それならば在宅ワークだと考えて、せどりやらライティングやらもやってみたが、内容に興味がないせいで続かなかった。出品・梱包作業のつまらなさ、書きたくもないことを必死に書いて受理されなかった時のやりきれなさ。忘れがたい。

 

もはや生活保護しかないのだろうか。しかしこれは望んでいない。申請するためにはまず実家から出ないといけない。それがまず難しい。僕は精神的にも親に依存しており、親なしの日々を想像するだけで不安に押し潰されそうになる。親元を離れたら誰も親のようには助けてくれないし、親のように助けてくれる人なしに僕は生きられないだろうという思いがある。

 

それに、もし実家を出て困窮している単身世帯と認められ、その結果申請が通ったとしても、それでゴールではない。結局そこから経済的自立を目指すことになる。実家暮らしをしている現在と、すべきことは変わらない。

 

では、何をしたらいいのだろうか。その答えを僕は持っている。「できることをやる」だ。それしかない。できないことはできないのだから、できることをやる以外ないじゃないか。

 

具体的には何か。気になる人は僕のnoteなりTwitterなりラジオなりを追っていくといい。その時々で、思い付いたことを書いたり言ったり実行したりしている。それらこそが、僕の「できることをやる」にほかならない。

 

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