30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々

1985年生まれの33歳。働けない、稼げない、人と接するのが苦手、実家ぐらしが苦しい。noteで1日1記事投稿しています→https://goo.gl/Jrkznz

集団で同じ行動をすることに苦痛を感じる


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6月15日、「不適応者の居場所」に参加してきた。3月以来、3ヶ月ぶりだ。

 

会の概要について知りたい人は以前書いた記事を読んでほしい。

 

午後9時頃に到着。腰を下ろすと、先日ライブの音漏れを聴きに行ったことを尋ねられた。メットライフドーム(西武ドーム)で「ラブライブ!」のライブがあり、足を運んだのだった。

 

アニメ系(声優系)のライブは観客参加型で、曲や歌手ごとにサイリウムの色が決められている。それがしんどい。僕は演者に集中したいのだ。演者の表情や動きをじっくり見たい。双眼鏡で追い続けたい。

 

この話はプロ野球観戦にも通じる。球場に行くと、外野席に鳴り物応援団がいて、試合中は延々と選手の応援歌を演奏する。外野席の観客はそれに合わせて手を挙げたり飛び跳ねたりする。

 

僕はプレイに集中したい。打つ音や取る音を聴きたい。そのためには鳴り物応援団からできる限り離れることだ。だからいつも内野席で観戦する。内野席には応援歌を歌う人はほとんどいないが、応援歌のリズムに合わせてグッズを叩く人は大勢いる。応援歌は球場中に鳴り響いていて、聴きたくないから聴かないという選択肢はない。

 

ネットで「鳴り物応援がうるさい」などと書くと「二軍戦でも観てろ」「メジャーかぶれ」などと言われてしまう(それらには鳴り物応援がないため)。鳴り物応援嫌いは少数派で、変わり者扱いされる。

 

またこれは当日話さなかったことだが、球場では毎試合前に国歌の演奏があり、観客は起立を求められる。「ご起立をお願いします」だったか「ご起立にご協力ください」だったか、そういったアナウンスがある。

 

つまり強制ではないものの、大半の人が立つ。友人・知人と一緒に行っても立つのが当たり前。あの場で立たないでいるのはしんどい。

 

しかし僕は立つのが嫌で仕方がない。プロ野球の試合前に国歌を流す理由がわからない。国際試合で、お互いの国の国歌を流すなら理解できる。しかしたとえば西武対ロッテなど、国内の企業同士の試合ではないか。

 

国歌セレモニーは、セ・リーグとパ・リーグで差がある。セ・リーグは開幕戦ぐらいしかやらない。それで何も問題は起きていない。この点からも、国歌セレモニーをおこなう必要性のなさを感じる。パ・リーグだけが熱心なのだ。なお、パ・リーグや球団にメールを送ってみたりはした。

 

ついでに話すと、集団で国旗を振る光景もしんどい。何も集団で同じ物を持って同じ動きをする必要はないではないか。

 

とにかく、集団で同じ行動をすることに苦痛を感じる。街でスーツ姿の集団を見るのが嫌でたまらない。就活ができなかった理由のひとつでもある。

 

不適応者の集まりに行くと、独自の趣味を持っている人によく出会う。周囲に合わせることより、自分自身の内側から起こる欲求を大切にするタイプなのだと思う。

 

***

 

今回の記事は下記のトークを元に書いた。


「不適応者の居場所」(2019年6月開催)感想【第402回】あぎるラジオ【2019/6】

 

【筆者の活動】

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