30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々(あぎるブログ)

1985年生まれの34歳。働けない、稼げない、人と接するのがつらい。noteで日記を公開している→https://goo.gl/Jrkznz

労働は生きるエネルギーを奪う


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僕は、ひなたぼっこさえできれば幸せなのだ。

 

お日様はあたたかい。風は心地よい。空も草花も美しい。食べ物は安価で買える。インターネットには無料の文章や動画があふれている。図書館に行けば無料で無限に本が読める。現代日本はなんて恵まれているんだ。生きることは素晴らしい。

 

そう思えなくするのが労働だ。労働はあまりにも苦痛だ。まず決められた時間に決められた場所に行かなければならない時点で耐えがたい。仕事がない日でも「明日仕事がある」という思いに苛まれて憂鬱になる。労働は、いついかなる時も、僕の生きるエネルギーを奪う。

 

人生は楽しいもの。それを阻むのが労働。労働さえせずに済むなら僕は幸せになれる。近頃、以前にも増してそう思うようになった。

 

2018年4月にポスティングの仕事をやめてから働いていない。働かない日々は楽ではあるが、お金が入ってこない。したがって親にお金を借りて生きている。とても気詰まりであり、申し訳ないとも思う。

 

この状況を抜け出そうと考えて、求人広告を眺める。そして絶望する。すべての求人に興味がないのだ。仕方がないので「どの仕事ならギリギリ耐えられるか」という基準で選ぼうとする。しかし、そんな思いで仕事を選ぼうとしている自分にやりきれなくなる。生きるエネルギーが奪われていくのを感じる。

 

「雇われて働く必要はない」などと言って自営を勧める人がよくいる。インターネットに多い。以前は僕も乗せられていたが、最近はどうやら無理であると思うようになった。

 

僕にはクラウドソーシングも、ポイントサイトも、せどりも苦役だ。「お金のためにしたくもないことをする」という点で、既存の労働と何ら変わりがない。なぜ一部の人はこういうのをニートやひきこもりに勧めるのか。「自分ができたから他人にもできる」とでも思うのか。自分と他人の区別がついていないとしか思えない。

 

結局、雇われ労働も自営も「お金のためにしたくもないことをする」という点で同じなのだ。むしろ自営のほうがきついようにも思える。雇われ労働は、したくないことであっても、言われたとおりに動けばお金がもらえる。しかし自営はしたくないことをして、なお稼げる保証がない。

 

そういえば「したいことでお金を稼げ」という助言もよくある。僕のしたいことは「ひなたぼっこ」だ。書いていて笑ってしまった。これではどうしようもない。

 

もうあきらめて、雇われ労働をするのだ。求人広告を眺めよ。やりたくない度100で埋め尽くされたリストの中から、やりたくない度99の仕事を選んで応募するのだ。

 

【筆者の活動】

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