30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々(あぎるブログ)

1985年生まれの34歳。働けない、稼げない、人と接するのがつらい。noteで日記を公開している→https://goo.gl/Jrkznz

人種問題と自分の幸せの関係


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外国人を排斥する考え方の人がいる。

 

そういう人が、もし外国人に親切にされたり、命を助けられたり、惚れたりしたらどうなるのだろう。中国人や韓国人を憎む人がいるが、見た目では日本人と区別がつかないことが多い。外国人とわかった瞬間に恋も冷めるのだろうか。

 

日常生活で外国人と接することはないのだろうか。100人の外国人と接して100人が意地悪などということはありえない。ということは、排斥論者は単に彼らとの接触が少ないだけではないか。

 

僕も人付き合いの少ない人間ではあるが、大学時代に勉強熱心な韓国人留学生と言葉を交わした。優しい中国人の先生もいた。そんな一人二人を思い浮かべるだけで、排斥思想なんか遠いものとなる。

 

日本人にしたって、優しい日本人もいれば酷い日本人もいる。「○○人は悪い奴」なんて、ひとくくりに考えることは難しい。どうやったらひとくくりに考えられるのかわからない。

 

日本人の凶悪犯の記事ばかり読んで「日本人は悪い奴ばかりだ」なんて言っている人がいたら笑ってしまう。でも外国人に対してそれをやる人間がいる。中国人や韓国人による迷惑行為や犯罪行為についての記事は人気が高い。彼ら全員が悪人であるかのようなコメントが次々に書かれ、賛同者が群がる(反対する者はかなり少ない)。

 

もし自分をいじめる日本人と、助けようとする外国人がいたら、外国人のほうに逃げないだろうか。それでも日本人だけにこだわり、いじめる人間に向かっていくのだろうか。

 

この手のことをツイッターで書いても反応は薄い。人気のない話題なのだ。一人で戦っている感じがして寂しい。世界中のいろいろな国の人々と仲良くなるシーンを思い浮かべて自分を慰めている。

 

そうは言っても、僕は別に「外国人差別反対運動」みたいなのはやりたくない。特別に外国人を好んでいるわけでもない。ただ穏やかに生きていきたいだけだ。好戦的な人間が外国人であれば嫌うだろう。自分にとって心地よい人間と接していきたいだけだ。

 

博愛思想なんて持ち合わせていない。でも「自分の幸せ」を突き詰めていけば、それに近づくものではないだろうか。どんな人種であろうと、どの国の人であろうと、その人と一緒にいるのが楽しければ、その人と一緒にいたいと思う。

 

好きな人と一緒にいたい。それだけの話だ。思想も何もない。

 

【筆者の活動】

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