30代で実家ぐらし、仕事が続かない男の日々(あぎるブログ)

1985年生まれの34歳。働けない、稼げない、人と接するのがつらい。noteで日記を公開している→https://goo.gl/Jrkznz

働かない実家暮らしの未来


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実家暮らしは、労働しなくても生きられる。

 

親に養ってもらえばいい。家のカギを奪われない限り、家に入ることができる。親がうるさいのなら、親が寝てから帰宅し、親が起きる前に出かければいい。食べ物は家のものをこっそり食べる。実家さえあれば死ぬことはない。

 

それが無理になったら、どこかに相談。役所でもNPOでもいろいろある。仕事を紹介されればそこに行く。続けられるなら続けるし、つらければ退職する。退職したらまた相談に行けばいい。別の何かを紹介してくれるだろう。

 

退職をくり返すとどうなるか。最終的には生活保護になるだろうが、そこに至るまでにもいろいろある。相談に行けば、そのあたりのことも教えてくれるだろう。

 

食べることに関しては、たとえば東京都区内では毎日炊き出しがおこなわれている。これさえあれば餓死はない。現代日本では餓死しないようになっている。

 

知人の援助も得られる。ここ数年、僕は社会に適応しない人たちと会ってきた。ネット上にもそうした界隈がある。彼らに相談することもできる。泊まり歩くこともできる。

 

「他人に迷惑をかけて平気なのか」という意見が来そうだが、何に迷惑と感じるかは人による。当事者同士が納得しているのであれば問題ない。


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顔出しYouTuberになるのもいい。

 

今のところ、僕はラジオしか投稿していない。それで約150人のチャンネル登録者を得た(2年以上かかった)。顔を出して話すスタイルにすれば、今まで以上に伸びていくだろう。

 

150人では広告を貼れないため、収益はない。だから僕はYouTubeで一銭も稼げていない。しかしYouTubeそのもので稼げなくてもいいのだ。自分自身を広めることができればいい。

 

これまでに数回、polcaを利用して動画に対する「おひねり」を求めた。そして何千円かいただいた。こういうのでいい。現金でなくとも、動画を観た人が何かをくだされば、それは動画から得た収益と言える。

 

僕にはこのブログもある。noteで日記の販売もおこなっている。これらで月に数千円稼いでいる。僕には既に何百人ものファンがいるのだ。それはラジオと文章だけで獲得した。これに加えて顔も出せば、収入は今よりも増えていくだろう。

 

とは言っても、ラジオも文章も金儲けのためにやっているわけではない。僕がここで言いたかったのは、僕には既に助けてくれる人たちが大勢いるということだ。

 

これは「お恵み」ではない。僕は書いたり話したりする。それを読んだり聴いたりした人が、僕に何かをくれる。「ギブ・アンド・テイク」だ。

 

【僕のネット上での活動】

ラジオ:あぎるラジオ - YouTube

日記:https://note.mu/agimuse/m/m473817a36ecb

ツイッター:https://twitter.com/agimuse

 

最後に。僕は遠い未来のことを考えることができない。何しろ人間は突然死ぬ。今日死ぬかもしれないのだ。僕は最近頭痛に悩まされている。きっと脳腫瘍だ、もう長くない。そう考えて怯えている。

 

高い確率で命に別条はないだろう。しかし、ことほどさように体調不良を死と結びつけて考えている。これでどうして何年も先のことまで考えられるだろうか。

 

かつてニート界のスターだったpha氏の言葉を紹介したい。

 

まあ、何十年も先のことなんてどうなるか分からないし、とりあえず今なんとかなっているんならそれでいい。今考えてもどうしようもないことは、どうにもならなくなり始めてから考えよう。(『ニートの歩き方』、163ページ)

 

僕もそう思う。もう一つ、明治時代の架空ニート、長井代助の言葉。

 

無論食うに困る様(よう)になれば、何時でも降参するさ。然(しか)し今日に不自由のないものが、何を苦しんで劣等な経験を甞(な)めるものか。印度人が外套を着て、冬の来た時の用心をすると同じ事だもの(夏目漱石『それから』、フリガナは引用者)

 

外套の準備は秋に始めればいい。夏では試着さえ難しい。大汗かいて、いい外套を選べるものか。代助が職探しを始めたのは、親に勘当された後だった。


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